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「航空界に学ぶ医療ミス」  飯久保 郁弥
 
 名古屋空港において、264人が死んだ94年の中華航空機墜落事故の事故調査報告書で、コックピットでのこんなやりとりが明らかにされた記事を読んだことがある。
機長「先日A君は実にうまく飛んだ。私は手を貸さず、自分で着陸した。」
副操縦士「そうですか。」
機長「私に聞かないで君が自分で着陸をやって決めてごらん、カバー出来ない状況になる手前で注意するからね。」
副操縦士「はい。やってみます」
 機長は厳しい試験官として振るまい、ほかの部下を褒める。副操縦士は緊張、萎縮する。十数分後に最初のミス、この対応が二人の間でうまくいかず、事故につながったと、事故調査の専門家が{コックピット、リソース、マネジメント}のまずさを指摘していた。
 安全面を含め航空機の性能は向上したが、70年以降、事故はあまり減らなくなった。逆に重大事故が増加。その事故の7割で人の対応に問題があり、そこで「CRM」が登場したのである。「CRM」は70年代に米航空宇宙局と米航空会社が開発、パイロット訓練の理論として導入され、操縦室内の意思疎通を円滑にし、計器類や管制官からの情報、乗務員同士の助言などのリソース(資源)を有効利用することを目的としている。
 この「CRM」が、最近ミスの続く医療現場で注目され、航空業界に学ぼうという動きが活発になっているようである。
 「CRM」では、上司と部下の関係を「権威こう配」という指標でみる。中華航空機事故では機長が高圧的で、えひめ丸事故では艦長がやり手過ぎた。いずれも部下が上司に意見を言いにくい雰囲気で、こう配がきつかったとみられる。他方、医療現場の例としては、投薬ミス、患者の取り違え、術後の忘れ物、これらのミスは薬剤師や看護婦が医師の指示に疑問を持ったが質問をしなかったとされる。これは医師の権威が高すぎることの弊害が指摘され、これをどのようにしたら言いやすくするか、急すぎるこう配をいかに修正するか、これらの、問題の解決には何か良い方法がないかと、模索したところ、航空界での「CRM」が着目されたのである。「コックピットと手術室の人間関係」が非常に似ている、そこで医師や看護婦を集めて航空会社の専門家による講師を招いて講習をしてみたところ、意思決定ゲームや操縦シュミレーターでさまざまな役割を演じその行動を点検すること等、様々な面で医師や看護婦が、「こんな言い方では、つたわりにくい」「こんな態度では、相手が言いにくい」と気づくことが感じられ、航空専門用語は別としても非常に解りやすく、共通する事柄が多く、医療関係にも参考になるという事に気づき、「人間である限りエラーと共存していかなければならない。」と、ミスを前提とする対策の必要性を表面に打ち出し、「医療現場では、個人に事故の責任をとらせるなどしたあと、科学的な分析がない。」との反省をふまえて、今後、「CRM」を医療機関にも採用して、医療ミス防止に役立てたいとの結論に達したのである。
 この「CRM」が医療関係者に注目され、採用されることは今後の医療ミスの防止にどれほど役立つか、その成果はいずれ解るであろうが?反面、一部の医療関係者が指摘しているのは、権威を弱めすぎても、チーム全体の能力が低下するし、又単純に仲良くすればいいと、勘違いする人がいるとのこと、この勘違いこそが危険なことであると危惧しているのも事実である。これでは「CRM」の教えに反する。あくまでも「CRM」の教えは、リーダーは常に一定の権威と、見識を持ってチームを引っ張り、決断しなければならないということが前提であり、これを基として「意思疎通」を内滑にするのが目的である。
 この事は日常どこの会社、職場にも通用することであるが、なかなか離しい。
 権威こう配は急すぎず緩やかすぎず、その加減が難しい。








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