「中層循環と水塊形成」
ウラジオストク南東沖(132度以東)には前述の反時計回りの大きな循環があり、その中心は対馬暖流による塩分の補給によって前述のように高塩分域となっており、これに冬季の厳しい冷却が加わることによって、中層(数百〜1000m程度)にまで達する対流混合が引き起こされていることがわかってきた。この高塩分域は前述の中層ブイPALACEによって計測された対流混合域とも一致する。対流によって形成された対流混合水は混合層の底から日本海の中層に上部日本海固有水となって広がって行く。
上部日本海固有水の形成のメカニズムは以下のような仕組みで行われていると思われる。まず1)ウラジオストク付近の山岳地形効果によって生成される冬季の季節風のcurlのdipoleの正のcurlは海表面でエックマン輸送の発散を引き起こすことによって、亜極前線以北の大きな反時計回りの循環を強化し、同時に等温線をドーム状にすることによって鉛直安定度を低下させ鉛直対流を起こし易くする条件を整える。2)対馬暖流は日本海を反時計回りに流れながら熱と塩分を日本海北部に輸送するが、特に亜極前線以北の反時計回りの循環の内部の表層に高塩分を送り込むことによって安定度を低下させる。3)アムール川起源の低塩分水が高緯度域及びロシア沿岸沿いにベルト状に存在することにより、厳寒であるにもかかわらず高緯度域及びロシア沿岸域においての鉛直対流は制限される。4)1)〜3)の条件下で冬季の厳しい冷却が加わると、前述の大きな反時計回りの循環の内部の高塩分域で深い対流混合が発生し、上部日本海固有水が形成される。
アムール川起源のロシア沿岸沿いの低塩分水の一部は前述のように亜極前線北部の反時計回りの循環によってウラジオストク付近で離岸し、亜極前線付近で低塩分コアを形成しながら東流するがその過程で何らかの物理過程の介在によって南下し、対馬暖流の下に塩分極小で特徴付けられる日本海中層水を形成する。アムール川起源の低塩分水の残りの一部は北朝鮮寒流によってさらに南下を続け、北緯38°N付近で離岸し、対馬暖流の直下を東流しながら塩分極小をもつ日本海中層水を形成する。図5に上部日本海固有水と日本海中層水の形成に深く関与する塩分の輸送経路の模式図が示される。
図5. 上部日本海固有水と日本海中層水の形成に深く関与する塩分の輸送経路の模式図.実線の矢印が高塩分を経路、破線の矢印が低塩分の経路.