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童話部門佳作受賞作品
しらすの まさご
赤城 佐保(あかぎ・さほ)
本名=赤城香織。一九六三年熊本県生まれ。熊本短期大学卒業後、広告代理店勤務。テレビCM製作を手がける。現在二児の母。グラフィックデザインの仕事の傍ら、昨年より童話の執筆を始める。熊本県益城町在住。
 
 ぼくが二年生になる、春休みのことです。
 「じゃあな、しょう太。行ってくるけん」
 みなとにいるぼくに向かって、父さんは、ぎょ船の上から手をふりました。
 父さんの船、「だい三あさひ丸」は、色あざやかな大りょうばたをつけて、みなとから海へ出ていきます。そのあとを、父さんの船と同じように、なん十というぎょ船が大りょうばたを風におどらせて、出ていきました。
 ぼくの父さんは、海で魚をとるりょうしです。
 じいちゃんも、そのじいちゃんも、りょうしでした。海にまいにち船を出して、タイやイカをつってくらしてきました。父さんは、いつもぼくに言います。
 「この海の中には、魚や貝がいっぱいおる。けどな、しょう太。よくばったらいかんとぞ。父さんは、魚は少ししか取らん。おまえがいつかりょうしになったときのために、残しとるんだ」
 ぼくは、日にやけてまつ黒になった父さんの顔や、たくましいうでを見てそだちました。おふろであらっても、黒いのはおちません。父さんのかみの毛は、いつもシオのにおいがします。
 ぼくは、父さんが大すき。
 なのに、このごろの父さんは、ずっとこわい顔をしています。
 朝、まだ日がのぼらないうちから、日がしずむまで海でりょうをしても、魚がほんの少ししかとれなくなったからです。
 「あれが、できたせいたい」
 父さんは、よくそんなことを言いました。
 「あれって、なんね?」
 「海のばけものたい」
 ばけものって、なんだろう? 母さんは、ぼくのとなりで、
 「この海のずっとおくに作られた、ていぼうのことたい」
 ためいきをついて、せつめいします。
 「ていぼうのせいじゃなかかもしれんけど、こがん魚がとれんごとなったとは、はじめてだけんね」
 ぼくは、おもいだしました。
 ちょうどきょねんの春のことです。一年生になったばかりのぼくは、父さんとふたりで船にのって、そのていぼうを見にいったのでした。
 よく晴れた日でした。みなとを出てすぐ、海の中でノリを作るための木のクイが、向こうぎしの島までびっしりと立っているのが見えはじめました。
 そのかずは千でしょうか、万でしょうか。
 海はたいようの光をかえして、まぶしくぎん色にかがやいていました。
 もうしばらく行くと、とつぜん、遠くにまつ黒なぼうが見えました。
 「父さん、あれはなんね?」
 びっくりして、ゆびをさすと、
 「海のばけものたい」
 父さんはしずかな声で、言いました。
 ばけものは、七キロメートルの長さで海をせき止めた、しおうけていぼうでした。
 「うわあすげー、つりばしかとおもった。なんであんなの、作ったとかなあ」
 「しらん!」
 父さんはおこっています。
 「りくのにんげんの考えるこつは、りょうしには、ようわからん」
 がっしりとした、たくましいかたがふるえていました。
 しおうけていぼうのばけものから、ときどきながされる、はい色のにごった水が海をよごしているんだと、父さんは言いました。
 海のそこにはえている海草がかれてしまって、そこにたまごを生めなくなった魚は、どこかににげて行ってしまったんだと。
 みなとへ帰るとちゅう、ぼくは海の中にポッカリと、りくちがうかんでいるのを見つけました。まるで、白いクジラがのんびりねそべっているようです。
 「あれ、なんね?」
 むっつりとだまっていた父さんは、そのとき、やっとわらいました。
 「おお、いいもん見つけたな。あれは、「白州の真砂」といってな、いつもは海の中にしずんで見えんけど、一年にいちどだけ、海がいちばん引きしおになったときに出てくる、あさせたい」
 「ええ?じゃあことしはきょうだけね?」
 ぼくはトクした気もちになって、すっかりうれしくなったのです。
 向こうぎしの古いおしろの石がきには、ちょうどサクラがまんかいで、海のかおりにまじって、甘い花のかおりが鼻をくすぐりました。
 青い海にうかんだあさせは、ひょうたんの形をして、八百メートルくらいの長さがありました。はばは百メートルくらいです。
 よく見ると、サンゴがあつまったみたいに白やうすむらさきや、はい色の小さなつぶでできているようです。
 「しらすのまさご……きれいかねぇ、父さん」
 「ああ、海のたからものたい」
 「でもあしたになったら、消えるんだ」
 がっかりしたぼくに、父さんは、
 「らいねんも見たかなら、つれてきてやるばい」と、やくそくしてくれました。
 海の中にかくされたヒミツを発見したみたいで、ぼくのむねはドキドキしました。
 そのころから、海は少しずつ、かわってきました。晴れた日に高いところがら海を見ると、ときどき海水が赤いおびになって、ぷかぷかうくようになりました。
 「海が、血をながしとらす」
 そんなときは、きみがわるくて走って家に帰りました。
 はまべで、タイラ貝がたくさん死にました。アサリもたくさん死にました。ノリはびょうきになって、黄色くなりました。
 そして、魚はほとんどいなくなってしまいました。
 「こんどは、にんげんがいなくなるとよ」
 母さんは目になみだをいっぱいだめて、ぼくをぎゅうっとだきしめ、
 「ごめんよ、しょう太。おまえがりょうしになったときは、この海はもうだめかもしれんね」
 「母さん、なんでなくとね?」
 ぼくには、母さんの言うことがよくわかりませんでした。だって、海はいつも青くかがやいて、むかしとちっともかわらないように見えたからです。
 夏がきて、おもうように魚がとれなくなると、父さんは船にのらなくなりました。そして、家の中で一日じゅうゴロゴロねころんで、ぼーっとテレビを見たり、おさけをのんだりしていました。
 ぼくが学校から帰ると、
 「あそんでばっかりおらんで、ちいっとはべんきょうせんか」と、しかります。
 ぼくはにげるように家を出て、近くのゲームソフト屋で友だちとあそんだりして、じかんをつぶしました。
 「うちの父さんね、いまトラックのうんてんしゅしてるんだ」
 同じクラスのさくらちゃんが、言いました。
 「え? りょうしはやめたとね」
 「うん。はじめはね、パチンコばっかりしてたんだけど、母さんがおこってさ。今は魚じゃなくてやさいとか、たくはいにもつとかトラックにのせて、福岡まで行ってる。たまにおみやげ買ってくれるんだ」
 さくらちゃんはとくいそうに、うでどけいをちらつかせました。
 「これ、福岡のデパートにしかないんだよ」
 ぼくは、ちょっとうらやましくなりました。
 ゆうがたになって家に帰ると、母さんはだいどころのテーブルにすわって、いちまいのチラシを見ていました。ぼくに気がつくと、あわててせなかにかくしたけど、「スーパーマーケット、パートぼしゅう」の文字が見えてしまいました。
 母さんはこの前まで、うおいちばで魚のパックづめのしごとをしていました。でも、今はやめています。
 「なんとかせなんねぇ」
 「さくらちゃんの父さん、トラックのうんてんしゅになったてよ」
 「いいねぇ、はたらきぐちがあって」
 母さんが、そうつぶやいたときです。
 ガッシャーン! いきなり、おさけの入ったコップがとんできました。コップはながしに当たって、われました。
 「なんすっとね!」
 母さんがさけびました。
 「せからしか! すこしだまっとれ」
 父さんは目をまっ赤にして、オニみたいにこっちをにらんでいます。
 母さんはあわてて、
 「さあ、しょう太は、へやでしゅくだいせなん」と、ぼくのせなかをおしました。
 そういえばつくえの上には、作文のしゅくだいがきのうからのったままでした。まだとちゅうまでしか書いてません。作文のだいは「しょうらいの、ゆめ」です。
 「ぼくのゆめは、父さんと同じりょうしになることです……」
 うそだ! ぼくは作文ようしを、クシャクシャに丸めました。りょうしなんか、ちっともいいことないじゃんか! りょうしになると書いたのは、父さんがよろこぶと思ったから。ほんとうは、ゲームソフトを作るひとか、じどうしゃのエンジンを考えるひとになれたらいいなと思っていたのです。
 先生は、言いました。
 「作文に、うそやつくりばなしを書いてはだめですよ。しょうじきな、本当の気もちを書いてください」
 ぼくはどんなふうに書いたらいいのか、わからなくなりました。それで作文は書けなくて、先生にしかられてしまいました。
 船にのらない父さんは、なんだか元気がなくて、母さんはしんぱいしていました。
 でも、きょうはひさしぶりに、ぎょ船にのってみなとから出ていったのです。
 小さくなる父さんの船を、母さんはジッと見つめて、
 「よかったなぁ、しょう太」と、目をごしごしエプロンでふきました。
 ぼくは母さんの手を引っぱって、
 「きょうは、父さんがひさしぶりに船にのったんだけん。魚をいっぱいとってくるかもしれんね」
 「ちがうとよ」
 母さんは、首を横にふりました。
 「父さんは、魚をとりにいったんじゃなかとよ」
 「じゃあ、なんしに行ったと?」
 そういえば、父さんはみなとを出るとき、こわい顔をしていたな。りょうに行くときは、いつもうれしそうにニコニコしていたのに。
 「父さんはね、りょうしのみんなと、デモをしに行ったとよ」
 ぎょ船のむれは、だんだん遠くなっていきます。
 「きれいな海にもどしてくれって、こうぎしに行ったとよ」
 ぼくはききました。
 「海のばけものが、わるいとね?」
 すると、母さんはまた、首を横にふりました。
 「そんなの、母さんにはわからんよ。本当のこと知つとるとは、海の神さまだけたい」
 母さんはみなとに止めていた、じてんしゃにまたがると、ぼくを後ろのにだいにのせて走りだしました。
 「おしろの石がきまで、見おくろうか」
 海にそった国道を、母さんとぼくは船を横目でみながら走りました。船はずっと遠くなって、コマのように小さくなりました。
 なみのない、のっぺりした春の海を、たくさんのぎょ船がすべるように行きます。どの船も、色とりどりの大りょうばたをつけて、海のばけものに向かっていきます。
 「父さん、がんばれ!」
 ぼくはさけびました。
 「父さん、がんばれ!」
 母さんもさけびました。
 おしろの石がきまで来たとき、まんかいのサクラの花で、船はかくれて見えなくなりました。
 母さんはじてんしゃをとめて、かたでフウフウいきをしました。
 そのとき、ぼくは見つけたのです。海の中にぽっかりうかんだ、白いあさせを。
 「しらすのまさご、だ」
 一年前、父さんといっしょに見たときと、そっくり同じ、ひょうたんの形をしています。
 でも、なにかがちがいました。
 ぼくは、しおのすっかり引いた海べにおりていきました。
 母さんはびっくりして、ゆびさしました。
 「あ、あれ! マハゼだろか? カニだろか」
 しらすのまさごの上は、小さな海のいきもので、いっぱいになっていました。そして、そのまわりの海水の中には、たくさんの黒いカゲがうようよしていました。
 「魚だ! 母さん、魚のむれだ」
 「まあ、どこからあんなに集まったとだろうね」
 母さんは、すっかりかんしんして、
 「魚なんて、もうおらんとおもうとったけど、まだたくさんおるとねえ」
 鼻をグスンとならしました。
 少しずつしおが満ちてくると、しらすのまさごの上にいたマハゼやカニは、さっといなくなりました。
 魚は、まるでだれかが合図したかのように、れつになって、南のほうへ海をくだっていきました。
 「この海を、出ていくとだろうか」
 母さんは、しんぱいそうに言いました。
 きっと、帰ってきてね。
 ぼくはこころのなかで、そうおもいました。
 父さんがみなとに帰るのは、ゆうがたです。
 「こんやは、ごちそうせなんね」
 母さんはニコニコして、スーパーマーケットに買いものに行きました。父さんが船にのってくれたのが、うれしかったのです。
 ぼくはへやに行って、つくえの前に立ちました。つくえの上には、作文ようしがおいてあります。先生は春休みになる前に、ぼくたちに作文のしゅくだいを出したからです。
 先生は、言いました。
 「なにを書いてもいいですよ。春休みの楽しかったおもいでや、二年生になってやりたいことでもいいから、じぶんのしょうじきな本当の気もちを書いてくださいね」
 ぼくは作文ようしを、じっと見つめました。きょねんは書けなかったしゅくだいです。
 でもきょうは、すぐエンピツをにぎり、いすにすわって、さいしょの一行を書きだしました。
 もう、まよう気もちなんて、ありません。
 「ぼくのしょうらいの、ゆめ」
 先生、しょうじきに書きます。
 ぼくは、りょうしには、なりたくありません。ゲームソフトを作るひとにも、じどうしゃのエンジンを考えるひとにも、なりたくありません。
 父さんたちの海に、魚が、貝がたくさんとれるように、たからものがいっぱいだった海にもどすために、なにかできないかと考えました。
 ぼくはたくさんべんきょうして、しょうらいは学者になりたいです。そして海のことを調べて、にんげんと海のいきものが、しあわせにくらしていけるように、いつも考えるひとになりたい。そう、おもいます。








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