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新刊紹介
文学の旧街道−作家論
多岐祐介著
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 本書は文芸批評家多岐祐介氏が、「駱駝」「早稲田文学」等の文芸雑誌で、二十代から四十代にかけて発表した評論を一冊にまとめたものである。
 ちなみに多岐氏は「柳宗悦全集」(筑摩書房)「月報十七」において「旗と草鞋」と題する文章を寄せ、柳への温かな想いを披露している。
 さて、氏の書く評論の魅力は、対象との厳しい対時より生まれるが、深い実感に裏付けられた独自の切れ味が、本書においても遺憾なく発揮されている。
 なお、「民藝」との関わりでいえば、第二章において「不可能性の美学−柳宗悦「美の法門」」・「柳宗悦と朝鮮」・「昭和の悲しみ水尾比呂志「美の終焉」」の三編が掲載されている。
 これらが書かれた時期(一九八〇年頃)は柳全集の刊行前である氏からのハガキによれば、「今となっては最新研究成果を踏まえていない。不十分なものになっておりましょう。なにせまだ春秋社版(柳宗悦選集のこと)を読み、それ以上は自分で本を探さねばならぬ時代でした」と述べている。
 しかし的を得た評論に時代の新旧は関係ない。それどころか、限られた資料ながら繊細に読み込み、柳宗悦を「車鞋がけの美学者」「美を裏付けに真や善を語る思想家」であると鮮やかに喝破した氏の語り口には、批評家として真面目を見る思いがした。
 特に「柳宗悦と朝鮮」の論の中で語っている、柳批判論に対する「ためにする批判」への戒めと、雷同的にすべてを諒として見過ごしてしまうことへの戒には、本来の批評精神のあり方がよく現れているように思えた。批評には相手に対する「冷静な愛情」とでもいうべき実証的態度が不可欠なのである。
 「人の心を動かすのは美学ではなく、具体的な美しい物である」という自明のことも含め、本書を読みながら様々な想いが頭をよぎった私にとっては「批評とは何か」を考える上て実に刺激的な一冊である。
(杉山亨司)
 
*二〇〇二年二月一日、旺史社発行四〇五貞、定価三〇〇〇円(税別)。
 この本についてのお問い合わせば旺史社(〇三−三二〇二−二八一二)まで。








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