3. 米日同盟の役割と任務を再考する
●マイケル・J・グリーン、ロビン・サコダ
概観
一九八一年、米国の新政権は、日本との安全保障関係に新たな焦点を合わせる作業を開始した。日本のより重要な安全保障の役割を追求し、日本に防衛費を増額させようという米国の圧力は、役割と任務に関する論議に道を譲った。一つの結果は、日本がその南方と南西方の一〇〇〇カイリにわたるシーレーン防衛の責務を引き受けた点である。
それから二〇年が経過した今、ブッシュ政権が安全保障政策を練る中で、この米日同盟に重大な影響を及ぼす変化が生まれようとしている。米国の国家安全保障と防衛戦略は、焦点を欧州から東アジアヘ移す可能性があるとみられるが、東アジアでは、一段と大きくなった不確実性と不安定性が、米国の権益と交錯している。ミサイルの拡散は米国の前方作戦地点へのアクセスを縮小させそうであり、もっと素早い戦略的展開を遂行する能力を備えた戦力構造が求められよう。その結果、日本は、政治的にも経済的にも、そして軍事的にも、米国の安全保障戦略にとって一段と重要な存在になる。米国の戦略と、日本との二国間協力の分野、とりわけ役割と任務について整合性を図ることは、米国が東アジアの安全保障戦略を更新するに当たり、どちらの側にも役立つだろう。
最近の動向と今後の課題
一九九六年の「安全保障共同宣言」以来、米国と日本の防衛協力には重要な進展があった。米国と日本は「防衛ガイドライン」(日米防衛協力のための指針)を改訂した。日本は関連の実施法を承認した。計画プロセスに日本の文民当局を組み入れるため、適切な調整メカニズムと連絡委員会が設けられた。在日米軍と自衛隊は、改訂ガイドラインに基づく最初の合同二国間演習を実施した。
こうしたステップは、一九九〇 − 九一年の湾岸危機・戦争、九四年の核兵器開発計画に絡む北朝鮮との対立といった危機に即応していなかった同盟関係に、一段と大きな作戦的信頼性を付け加えた。しかし、二国間防衛協力の漸進にもかかわらず、米日同盟は、厚木基地に隣接する神環保ゴミ焼却施設の問題、駐留軍受け入れ国支援(ホスト・ネーション・サポート)をめぐる交渉、沖縄の米軍基地に関する一五年間の使用期限といった、高度に政治的ではあるものの戦略的には取るに足りないトラブルをめぐって、立ち往生し続けている。これらは、同盟関係の維持という見地からすれば、東京とワシントン双方の指導者が注意しなければならない重要な問題だ。けれども、この新時代に安全保障上の懸念と取り組むために同盟関係を活用することとは、ほとんど関係がない。
米国と日本は今後数年間、現状に満足することなく、米日同盟が戦略的環境をつくり出し、危機に対応し、地域で出現しつつある安全保障の力学に備えるといったことを可能にするための枠組みを構築しなければならない。この枠組みは、戦略対話に基づく必要があるものの、ガイドライン以上の防衛協力の指標を提示しなければならない。この対話は、米新政権によって検討されている新たな安全保障戦略の進展の所産と、同盟の両パートナーがその戦略をもっと支援できる分野を含むべきである。
われわれはこの目的に向けて役割と任務の見直しを提案する。このアプローチは、論理的には、一九九〇年代に始まった同盟関係の漸進的な再定義の結果として生まれたものである。冷戦当時の米日同盟は、七六年の「防衛計画の大綱」、七八年の防衛ガイドライン(旧「日米防衛協力のための指針」)、そして一九八一 − 八二年に決めた両国の役割と任務の分担に沿って構築された。しかし、冷戦下で日本の安全保障上の役割を強化するためのそうしたステップは、日本に対するソ連の直接攻撃を前提にしており、九〇年代の東アジアにおけるもっと流動的な戦略的環境に対しては、限定的すぎることが明らかになった。
そこで、日本の防衛庁は一九九五年、「直接の限定的侵略」だけでなく「日本の安全保障に直接的影響を及ぼす日本周辺地域の事態」にも対処するために、防衛計画の大綱を改訂し、冷戦時代の政策指標を調整し始めた。そしてこれは九七年、防衛ガイドラインの改訂で地域的な緊急事態の際の二国間協力分野の大枠を描くに当たっての基線として使われた。それが今日、われわれの立脚点となっている。次の論理的なステップは、役割と任務に関する分担の見直しだ。
一九八〇年代初頭の役割と任務をめぐるアプローチは、七八年のガイドラインの骨格に肉付けを施すものだった。ガイドラインは二国間協力の機能的な分野の輪郭を描いていたが、戦略的な位置づけは提示していなかった。八一 − 八二年に、米国と日本はこの戦略的な位置づけを、役割と任務についての意見交換を通じて付け加えた。大まかに言えば、米国がすべての攻撃作戦を引き受け、日本が自国とシーレーンを防衛するすべての作戦の責任を負うことで両同盟国は合意した。そして双方は、北東アジアで出現しつつあった安全保障環境にこのような分担を適用した。とりわけ、それぞれの相互補完的な役割と任務が、どのようにすれば、ソ連の計画を複雑化させ、北東アジアでの抑止力を強める能力網を構築することになるかということを考え抜いたのである。
今後数年間、防衛ガイドラインに描かれた新たな機能的分野の実施に向けて、もっと明確な戦略的位置づけを示すために、とりわけ米国の新たな安全保障・防衛政策と関連させて役割と任務を再考するのは、米国にとっても日本にとっても的を射たことである。この見直しに際しては、以下の点を分析する必要がある。
[1] 出現しつつある安全保障環境
[2] 安全保障環境が米日同盟に突きつけるかもしれない試練ないし危機
[3] 安全保障環境を米日同盟がつくり出す機会
[4] 米日同盟を強化し、再点検する機会
この分析は、役割と任務に関する分担を再考するに当たっての基本をなすはずである。
安全保障環境
米国と日本は、ソ連の脅威と封じ込め戦略という、危険だとしても単純な一次元の安全保障環境よりも、はるかに複雑な環境に直面している。今日の東アジアには、相互依存関係と、頭をもたげつつある敵対関係という、両方の兆しが現れている。
中国の経済発展は、責任ある国々の共同体に中国が着実に参加することにつながり得る半面、域内での覇権拡張を目指す一段と強大な中央集権体制を生んでしまうかもしれない。責任ある国々の共同体に中国を組み入れることは、一筋縄ではいかない。中国政府の政治的正統性が弱まっていることや、台湾が大陸から政治面で着実に離反し、それが台湾海峡での紛争をあおっていることが原因だ。北朝鮮は外界への新たな外交的接近策をとってきており、中国型の国際社会への組み入れや開放という方向に誘い込まれるかもしれないが、平壌は、軍事的脅威の軽減にも、施し物以上の経済交流の受け入れにも全く努力してこなかった。東南アジアは域内で最も新しい経済的奇跡の物語の舞台として復活する可能性がある。
東南アジア諸国連合(ASEAN)が安定化装置として機能すれば別だが、インドネシアの不透明な状況は、国家崩壊と新たなバルカン化を招きかねない可能性も提起している。
米日同盟の試練ないし危機
この不確かな環境は、米日同盟に深刻な試練を突きつけかねない。防衛ガイドラインの見直しは、朝鮮半島の紛争に対処する上では米国と日本を一段と有利な立場に導いているものの、台湾の緊急事態に米日同盟が即応できるかと言えば、東京にもワシントンにも、ほとんど自信はない。加えて、防衛ガイドラインは東南アジアで人道的危機が生じた場合の協力に向けて多少の道標を提供しているとはいえ、それも十分なものではない。この種の危機に対応することは、作戦的な側面(ガイドラインの領域)もあるが、同時に戦略的かつ政治的でもあり、ひと味違った二国間対話を必要とする、という点も問題になっている。
環境づくりの機会
米日同盟は、東アジアで、相互依存と不安定化のどちらが優勢になっていくのかを決める重要な要因の一つになるだろう。最も控えめに言っても、強力な米日同盟は、米国がこの地域で前方軍事プレゼンスを維持するという意思表示になり、すべてのプレーヤーが近隣諸国とのいがみ合いでなく、経済成長に専念できるというシグナルを送ることになる。
しかし、われわれは安全保障環境をつくり出すための、もっと陰影に富んだ機会についても考えてみるべきだろう。例えば、防衛ガイドラインを断固実行することは、中国に対しては、台湾への武力行使は反撃を招くこと、台北に対しては、明白な防衛の約束が与えられて安定が損なわれることはないということを示すことになる。同様に、米国と日本が戦域ミサイル防衛(TMD)や、韓国を加えた三国間の防衛対話を誓約することは、北朝鮮のノドン・ミサイルの価値を落とし、テポドン開発推進の戦略的コストを高めることになる(なぜなら米日韓の三国間協力を強めることになるからだ)。しかも、国連平和維持活動(PKO)と人道的国際救援活動(HRO)のための日本の活発な戦術的能力は、情報収集、空輸、軍事力投射という米国の戦略的能力による支援もあり、主要大国が東南アジアでの不安定化や人道的危機を放置しておくことなどあり得ないのだという確信を、この地域に与えることになろう。
米日同盟強化の機会
出現しつつある安全保障環境の試練と機会についての戦略的分析は、米日同盟の強化にもつながるだろう。権威ある「日本国際フォーラム」の最近のリポートが嘆いているように、米日同盟は、米国が戦略を練り上げ、それに応じて日本はワシントンが東京に要求するどんな役割にもこたえるというような、「行動と反応」の原則に基づいて機能することがあまりに頻繁である。それよりも日本国際フォーラムが主張するように、「共同行動」というものがあってしかるべきだ。これに必要なのは、安全保障環境、その環境が提起する試練、その環境をつくり出すために米国と日本の力を活用する機会についての共同の分析だ。「アーミテージ報告書」が勧めているように、米日同盟は、重荷の分担から、力の分担へと移行していく必要がある。これは、戦略の練り上げ、役割と任務に関する区分けを共同で行うことを意味している。
課題―役割と任務の見直し
役割と任務の見直しは、以下の原則に沿って行われるべきである。
[1] 防衛ガイドラインは、たとえ役割と任務の見直しが始まっても実施されなければならない。特に、日本は有事立法、政府部内の危機管理能力の強化、緊急事態に備えた二国間の計画づくり、合同・二国間演習、防衛庁以外の省庁との連携を進めるべきである。
[2] 防衛ガイドラインは、米国と日本の役割と任務を決めるに当たっての下限であって、上限ではない。
[3] それはそれとして、役割と任務に関する基本的な分担については、一九八一 − 八二年の時点のものを(少なくとも今のところは)変更すべきでない。日本はなお防衛を、米国は攻撃を担当すべきである。
[4] 役割と任務の見直しに当たっては、一九九六年の「物品役務相互提供協定」(ACSA)や九九年の改正ACSAのような、すでに手中にありながら十分利用されていない手段を活用する方法を検討すべきである。
[5] 米国と日本は、日本の安全保障政策の全領域で協力する必要はなく、例えばPKOやHROでの協力は不要だ。とはいえ、もし要請された場合には円滑な協力ができるように、準備はしておくべきである。
[6] われわれは、同時的かつ連続的な、作戦面の役割と任務を検討すべきである。同時的というのは、場合によっては異なる任務に就いていても協力し、共通の目標に向けて同時に仕事をするということだ。また、連続的というのは、(例えば自衛隊の展開準備、作戦地域への米国の戦略的展開、自衛隊の平和維持活動、米国の戦略的再展開において)それぞれが能カと任務に沿って相手を支援する場合に、密接に協力することである。
[7] われわれは役割と任務の見直しを利用して、もっと長期的な必要を吟味すべきであり、これをてこにして、二国間の軍備協力を強化すべきである。
[8] われわれは役割と任務の見直しを活用して、米日同盟における一層の力の分担と資源の分担を確立すべきである。例えば、この戦略的な運用上のアプローチを使って、基地の共同使用拡大の道を探ったり、後方地域支援についてはもっと大きな責任を自衛隊に移譲する(米国の戦力構造の超過分を減らす)機会を探ったりすべきである。
[9] 手始めに、五年間の目標を見極めるべきである。われわれは二〇〇六年の戦略的環境をどんなふうにつくり出すことができればよいと望んでいるのか。今は存在しないものの、いずれ起こりそうな危機に対応するためには、どんな能力が必要か。米日同盟は二〇〇六年にはどうあるべきで、そこに到達するには、役割と任務をどう調整することが可能なのだろうか(付記参照)。
[10] われわれはこの見直しを米日同盟の努力の中心に据えるべきである。
結論
米日同盟は、冷戦で成功した部類に入っている。われわれは互いの支えとなる、極めてユニークな役割と任務を備えたパートナーシップを発展させた。米日同盟の最も強力な点の一つは、共通の目標に焦点を合わせた共通の戦略に基づき、われわれがいかに能力を結集できたかということである。米日同盟の恒久の戦略目標としては、継続的な地域の平和と安定がある。
米日同盟は、改訂された防衛ガイドラインが唱えている新たな役割と任務を遂行することによって、冷戦を通じて形づくられた成功裏の協力をさらに発展させるべきである。これは重要な仕事だが、改訂された防衛ガイドラインはプロセスの中間点であって、終点ではない。われわれは、互いの利益を脅かす安全保障上の試練に引き続き対処していくための戦略をもたなければならない。このため、米国と日本の役割と任務の見直し、安全保障協力の拡大は、継続的で終わることのないプロセスとなる。米日同盟をもっと効率的にするために、協力分野も拡大し続けなければならない。
〈付記〉
役割と任務の見直しで出され得る結論 − 二〇〇六年の目標
想定
第三国への攻撃作戦に関して日本の限界が持続する。
一九六〇年の米日安全保障条約に変更はない。
以下に列挙した役割と任務の合法性が明確になる。
日本の役割と任務
日本の領域とシーレーン(一〇〇〇カイリ)の防衛
日本の領域とシーレーンにおける(戦術的)反攻作戦
米国の地域作戦および(適切な場合に)地球規模の作戦への後方地域支援
三自衛隊および政府・自衛隊間の指揮、統制、調整、情報機能の統合
米国の役割と任務
核抑止
日本の防衛
(日本の防衛以外の)戦略的攻撃作戦
両国
情報分野におけるすきのない完璧な協力
戦域航空ミサイル防衛での完全な相互運用
地球規模のHRO、PKO、災害救助活動への完全な対応(個別に、および両国で)
(必要に応じた、地理上の制約抜きの)シーレーン防衛