2.9 過給装置
1) 過給機
(1) 過給の目的
燃料油が燃焼するためには一定量の空気が必要である。したがって小さなシリンダでは吸入する空気量が少ないために燃焼できる燃料油の量が少なく出力も小さい。
圧縮機(コンプレッサ)により大気圧以上に加圧した空気をシリンダ内に送り込めば、同容積のシリンダでも多量の空気を押し込むことになり、無過給の場合よりも多くの燃料油を燃焼させて出力を高めることができる。これが過給の目的である。この目的のためにエンジンに取付けられるものが過給機であり、現在実用化されている過給機は下記に大別される。
(2) 過給の概念
排気タービン過給機は、タービンとコンプレッサよりなっており、その概念図を2・196図に示す。
過給機関では、2・196図に示すように、機関の排気ガスの力により駆動されるタービンと同軸にあるコンプレッサにより、空気は圧縮されて機関のシリンダに充填される。すなわち、シリンダ内の空気の密度は、無過給の場合より増加し、それに見合う燃料噴射量を増加させることが出き、それだけ機関の出力を増加させることが出来る。また、コンプレッサ出口に空気冷却器をおくと、コンプレッサで圧縮され温度が上昇した空気は、冷却器によってほぼ大気温度まで冷却される。このことは空気の密度を更に増加させることになり、結果的には、一定容積に吸込まれる空気の重量を増加させ、機関の充填効率を増加させることになり、過給の効果を更に上げることになる。
2・196図 排気タービン過給機概念図
(3) 排気ガス中のエネルギの回収
排気タービン過給機は機関との間に機械的な連絡がなく、機関燃焼による排気エネルギを利用してコンプレッサを駆動し、シリンダ内への給気量を増大して機関の出力増加をはかり、その性能を確保すると同時に、各部の熱負荷の軽減と、更には排熱を利用する(回収する)事で熱効率の向上に寄与している。このように出力が増加された過給機関にとっては、過給機は、機関燃焼系統部との複合体として取扱かわねばならない。従って過給機を利用する方法(設備保守を含め)が適当でないと機関性能を確保することは難しくなる。
ディーゼル機関に噴射される燃料の全エネルギの交換状況を2・197図に示す。
一般に、排気ガス中に含まれている熱量は燃料の全熱量の40%に相当する。このうち低熱源への放熱熱量は、熱力学上回収不能な部分である。残りの排気温度が大気温度まで下げられないための損失と、シリンダ内の圧力を大気圧まで下げられないための損失は、排気タービン過給機によりその一部分を回収することが出来る。
シリンダ内のピストンの行程は、そのエネルギ利用のためには、シリンダ内のガスが大気圧まで膨張するに十分な長さをもつことが理想であるが、これには無限大のピストン行程を要することになる。実際の機関では、ピストンが下死点に達してもシリンダ内の圧力は大気圧まで膨張出来ず、0.2〜0.3MPa(2〜3kgf/cm2)を保っている。
したがって、下死点近くで排気弁が開くと、高温の圧力ガスは排気管内に急激に膨張、排出される。この排出エネルギをブローダウンエネルギと呼ぶ。
排気管内のガスは、その末端にあるタービンノズルで絞られ、更に速度を増加して、タービンの翼にあたり、これを回転駆動する。これと同軸にコンプレッサがあり、空気を吸込んで圧縮して機関へ送る。
これは排気ガスのエネルギの一部が、圧縮空気の形で機関に回収されることになる。
この量は燃料熱量の7〜10%にあたる。このように過給によって、機関の出力を増加するのみならず、その捨てられていた熱量を回収して機関の熱効率を向上させることが出来る。
2・197図 燃料の全エネルギの交換
(4) 排気タービン過給機の特徴
(a) 特長
[1] 機関の小形軽量化ができる
同一出力の無過給機関に比べて過給機関は、軽量小形となり機関室が小さくでき、船の積載量が増加できる。同重量の機関では過給により出力が増加し船速が増す。
[2] 馬力あたりの製作費が安い
機関が小形軽量化できるため、製作費も安くなる。
[3] 機械効率の向上ができる
機関の摩擦損失馬力は、機関の大きさ、回転数による影響が強く、また回転数が一定の場合、平均有効圧力の大小によってはまったく変らない。従って排気タービン過給機付の場合は、平均有効圧力が上昇し、有効仕事量も増加するが摩擦損失は余り変化しないので機械効率が向上する。
[4] 馬力あたりの燃料消費量が少ない
機械効率の向上に伴い、燃料消費率を無過給機関に比較して2〜10%向上することができる。
[5] 排気タービン過給機の駆動に軸出力を使用しない
機関と直結か、または単独でコンプレッサを駆動する過給機は、出力の5〜10%がコンプレッサ駆動に消費されるが、排気タービン過給機は、コンプレッサ駆動のための損失がない。
[6] 排気タービン過給機と機関に機械的な連絡がない
機関と機械的な連絡がないので、機関の回転数に関係なくクランク軸の所要出力が大きくなると、排気の持つエネルギも大きくなり、自動的に過給機軸の回転が上昇して、吸入空気圧力も高まり、機関の使用状態に適した運転ができる。このため機関の正回転、逆回転にも関係ない。
[7] 消音作用がある
排気ガスタービン過給機は、排気の爆音を少なくする作用が強いので、排気サイレンサは簡単なもので十分である。
(b) 欠点
[1] 燃焼室周辺の温度が無過給機関に比べて少し高温になる。
排気温度は吸気温度の変化に対して、2・198図のように変る。吸気温度10℃の上昇に対し、排気温度はシリンダ出口で18〜23℃位上るが、この傾向は高速エンジン程大きく、吸気温度上昇分の約2〜3倍位高くなる。
[2] 最高爆発圧力が上昇するので、機関の振動が大きくなる。またシリンダヘッド締付けトルクも高くする必要がある。
2・198図 吸気温度と排気温度の関係
[3] 過給機が故障したときは、機関出力が減少する。
無過給機関に比べて圧縮比が低く、又オーバラップが大きいので、過給機が故障して給気圧が上がらなくなると、上死点で排気ガスがシリンダ内へ逆流し、そのために同一形式の無過給エンジンより出力が低下する。
普通、舶用エンジンの場合は過給機が故障した場合でも、タービン軸を固定または応急短絡管を用いれば規定回転数の50〜70%の回転数で使用する事ができる。
[4] 低負荷において燃焼が悪くなる。
[5] 過給機の取扱いや、保守に注意しなければならない。
(5) 過給方式
前にも述べたように排気タービン過給機は機関の排気ガスエネルギにより駆動され、機関に空気を供給しているが、機関の持つ排気ガスエネルギを有効に利用することが重要である。その方法として各種の過給方式があり、現在実用化されているものに動圧過給方式(パルス過給方式)、パルスコンバータ過給方式および静圧過給方式がある。
動圧過給方式は、舶用機関に現在最も多く採用されている過給方式であり、その名の示すように排気行程の排気ガスブローダウンの時のガスの動圧エネルギを利用することを特長としており、ピストン頂部間隙容積内に残留する排気ガスを掃気し、吸入効率を改善するビュッヒ式掃気方式と併用することにより、十分な空気量を機関に供給でき、機関の性能は大幅に改善される。
(6) 排気タービン過給機の構造
排気タービン過給機は、通常一段の排気ガスタービンと、その同一回転軸上に取り付けられた遠心式コンプレッサとよりなっており、排気により過給用コンプレッサを駆動する装置である。
現在わが国においても数社において種々の形式のものが製作されているがその構造は大体同様である。
[1] 軸流式タービン過給機(アキシャルタービン)
軸流式タービン過給機はガスがタービンホイールを軸方向に流れる形式で最も普通に用いられ、2・199図に示す様に端部よりガスを入れ、中央部より排気する構造が多い。タービンブレード及びタービンホイールはSUHまたはナイモニック等の耐熱鋼製で、現在の所最高600℃〜650℃まで使用して差支えない。ブレードの翼車への取付は、クリスマスツリー型または、球根型の植込式とするか、あるいは溶接する。タービンホイールは回転軸と一体構造もあるが、焼嵌めあるいは押込式のものが多い。
2・199図 軸流式タービン断面図
(a) タービンノズル
耐熱鋼製のノズル板と内外輪の組立式および耐熱鋼のノズル板を鋳込んだり、または溶接したりしたものがある。
(b) 送風機
扇車は軽合金鍛造材から削出しのもの、あるいは軽合金鋳物直線放射状で空気流入部のみ機械加工完了後折り曲げたものがあるが最近では、この部分も機械加工して効率の上昇と強度の増加を図ったものや、空気流入部のみを別体とした精密鋳造製のものも使用されている。
(c) 軸受および給油装置
軸受にボールまたはローラベアリングを用いたものと平面軸受を用いたものがあり、両端支持形式と、中央支持形式とがある。ボールまたはローラベアリングは、回転軸が高速回転であり、かつ運転時には軸受部の温度が60℃〜70℃に上昇するので、普通形より遊隙が多く、かつ精度の高いベアリングを必要とする。ベアリングとケーシングの間に弾性体のダンパを置き、運転時、熱の影響によりケーシングが変形しても長年の使用によって回転体に僅かなアンバランスが生じても軸受に無理がかからぬ様になっており、かつ軸に加わる衝撃力を緩和するとともに軸危険回転数の上昇を図っている。スラストは送風機側で受け、タービン側に軸が膨張できる構造が多い。ボールおよびローラベアリングは給油量が少量ですむので回転板式の潤滑油ポンプで十分であり、構造が簡単となる。平面軸受けはスラスト軸受が別に必要である。給油は過給機軸端より駆動する潤滑油ポンプを使用するか、あるいは機関より直接給油する。大型の軸流式タービン過給機では平面軸受を用いるものが多い。
(d) 回転軸
回転部分は高回転に備え十分動的バランスを取ってある。軸受部へのガスの流入および潤滑油の流出を防止するため軸上に油切リングおよび気密用ラビリンスを置き、ラビリンス中央部へ送風機より高圧空気を導く構造が多い。
また排気ガスによる軸の過熱を防止するため軸外周に冷却筒を設け、これと軸との間に冷却用空気を流す構造が普通用いられる。輻流形の場合は軸を潤滑油で冷却する事が多い。
(e) ケーシング
軸流式タービン過給機は鋳鉄製水冷の排気出入口ケース、および耐
性軽合金製の送風機出入口ケースとよりなり、各ケースは軸回転方向に30度または60度毎に異なったいずれの位置でも組立られる構造となっているものが多い。輻流式タービン過給機または、小形過給機ではタービンケースを空冷する事が多い。
(f) 空気入口部
吸気入口ケースを用い室外より吸気入口管をへて吸気することもあるが、普通入口部にはフィルタサイレンサを取付け、機関室内より吸気する。布と金網を重ねた濾網製のフェルト形耐蝕金属の金網を重ねた金網形と、径および長さが10mm程度の金属またはプラスチック製円筒を数多く詰め合せた金環形フィルタとがある。洋上の大気はホコリが少ないので、舳用には金環形または金網形を用いることが多い。最近では、これら過給機本体取付のフィルタの外側に、ポリエテスル樹脂等の通気性のある多孔質でできた薄板状のフィルタを取付け吸入空気を二重に濾過することもある。この外側フィルタは装着取外し、洗浄が容易であるため運転中にも簡単に洗浄できる。
またコンプレッサの洗浄装置を空気入口部に設けたものもある。本装置は機関運転中に洗浄液をコンプレッサに注入し、インペラおよびディフューザを簡単に洗浄することができる。タービンにもこれと同様の洗浄装置を設けているものもある。