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2.講師報告
モチヅキ 
 おはようございます。ご紹介くださいましてありがとうございました。このたびこのような場所でお話をする機会を持つことができ、非常に光栄です。本来でしたら日本語で本日の報告をすべきだとは思いますが、日本の方々はよく英語をお話になりますので、最近ワシントンではほとんど日本語で話す機会がなく、また、日本に来たときにもまだ日本語で話す機会があまりなく、舌が回りませんので、本日は英語で話しますがよろしくお願いいたします。
 
モチヅキ(以下、通訳) 
 本日は、さまざまなアメリカ人が日米安保関係についてどのような考え方をもっているかについてお話ししたいと思います。
 ご存じのように、日本のみならずアメリカも今年は選挙の年で、外交政策も大統領選の争点になりつつあります。また、現在民主党、共和党の間で活発な議論が展開されておりまして、特に弾道ミサイル防衛については、TMDでとどまるべきか、NMDまで発展すべきか、ということについて議論されております。また、対中、対台湾政策につきましても、共和党対民主党の間で違いが出てきつつあります。日本問題自身が大統領選の争点になるという兆しはなく、おそらくならないと考えておりますが、日米安保関係の展開については間接的にではあるにせよ、弾道ミサイル防衛、対中、対台湾関係は影響をもたらすと思います。
 アメリカ、とりわけワシントンにおいて日米安保関係について考えている人というのは本当にわずかで、全米でも日米防衛関係を追っている人は、全部で50名から100名ぐらいがせいぜいかと思います。つまり、政策分析や政策立案過程ということになりますと、直接アメリカ側で関わっているのはほんの一握りの人で、政治的な参加は本格的にはありません。ただし、日米関係を追っている数少ない50から100名くらいのアメリカ人は、しばしば会合を開き、勉強会等を通じて日米二国間関係のあるべき姿、今後の日米安保関係について熱心に議論を戦わせております。
 日米防衛関係については、アメリカのアナリストの間には5つほど異なる意見を持つ流派がございますが、まず簡単にそれぞれの意見について説明し、最後に今後の日米安保関係に関する私個人の見方について申し上げたいと思います。
 最初の第1派というのは、“Dismantle the Cold War Empire”(崩壊した冷戦帝国)と表現できると思います。この見方の最も有名な提唱者がチャルマス・ジョンソンですが、ワシントンのケイトウ研究所の研究員もこの流派に属すると考えております。この人たちの意見は、アメリカは冷戦後の世界において極めて安全な状態にあり、東アジアからの直接脅威もなく、アメリカ本土に到達するような長距離の弾道ミサイルが直撃してくる可能性も非常に低い、というものです。冷戦後の世界においては、冷戦中にアメリカが行っていた冷戦帝国を維持するための注力に対して沖縄、韓国等は憤りを感じており、今後反撃があるに違いないということを、チャルマス・ジョンソンは近著“Blowback”(反動)で述べています。この流派は、アメリカは今後東アジアから撤退すべきであり、東アジア諸国は自らの力で当該地域における勢力均衡を確立すべきであるとしています。ここでのアメリカは、海外からのオフショア・バランサーとして、しかも最終手段としてのバランサーの役割を提供すべきであると言っております。この論は、知的なレベルで非常に興味深い提言であるため、アメリカの学会およびマスコミを含めて広く関心を呼んでおります。しかし、実際にこの政策が実現される可能性はほとんどゼロだと思います。また、主要な大統領候補も皆国際主義を信奉しており、引き続きアメリカは東アジア地域に関与を続けていくと言っておりますので、新孤立主義の台頭といったような声は全く聞かれておりません。
 残りの4つの流派は皆主流を形成している議論ですが、人により若干少し見方が違うので4つに一応分けられます。また同じ人であっても、話す相手によって少し自分の考えを変えてしまうこともありますので、かなり矛盾し合う考えが1人の人間の中にあると言えます。ある高官の話を聞いてみましても、ある時はこちらの流派の意見、また別の機会になると別の流派の意見に、と変わっていますが、4つにはまとめられると思います。
 まず、現状がアメリカにとってベストであるという“Don't fix it if it ain't broken”(壊れていないものを直す必要がない)派です。アメリカは、日本にある基地にアクセスでき、東アジアおよびそれ以遠において緊急事態が発生したときにはその基地を抑止力に使用したり、対応することも可能です。また日本は、アメリカが日本の防衛にコミットしていることにより防衛政策において非常に穏健な立場を取ることができます。日米同盟というのは、 「瓶の上の栓」だと言っております。さらに、安全保障関係を通じて日本がアメリカにリンクを持っていること自体が東アジア諸国については安心材料です。つまり、日本の戦略的な意図や能力について心配する必要がないということです。さらに、追加ボーナスとして日本が寛大に在日米軍駐留経費を負担していることが挙げられ、アメリカにすべて兵力を持ち帰ってしまうよりも日本において基地を置いておいたほうがかなり割安です。優勢で支配的な立場にあるアメリカのリードに日本がジュニアとして従っている現状がベストだという考え方です。この意見を持つ人たちの多くは、アメリカは中国と日本の間に立ってバランサーの役割を果たしているからこそ当該地域の安定が保たれていると考えており、実は中国専門の方々もかなりこのような見方をしております。この考えを強く提唱している最たる人というのは、ヘンリー・キッシンジャーおよびズビグニュー・ブレジンスキーであり、ブレジンスキーは中国との戦略的なパートナーシップづくりを進めている間アメリカは日本を保護の対象としておくのがよいと言っております。
 第3の流派は、“Beware of the uncapped bottle”(栓のない瓶に気をつけよ)派です。この流派の人たちは、瓶にきちんと栓がされているとみなすのは古い考え方であり、栓はずっと以前に外れてしまっていて、現在瓶は栓のない状態になっており、従来のアレンジメントを維持することは不可能である、日本は伝統的な大国になる正常化の方向に向かっていると考えております。この流派では3つの議論が展開されております。1つ目に、日本において政治世界の右翼に限らず、革新派の間でも強力なナショナリズムが台頭している。日本におけるナショナリズムの台頭を示す証拠として、改憲論争、国旗や国歌の法制化、自立外交が望まれるようになっていること、北朝鮮からのミサイル発射に対する反発を挙げています。また、これまで寛大に支払ってきた在日米軍駐留経費を出し渋るようになってきていること、最近の森首相の発言にも言及し、アメリカはもう少し日本でナショナリズムが台頭してきていることに気をつけるべきではないか、懸念すべきだと言っております。2つ目に、日米防衛協力ガイドラインができましたが、実は防衛庁自ら防衛協力には関心をもっておらず、日本が防衛の場面で自給自足の力をつけることに一番関心を寄せている。その証左として、日本が偵察衛星の自主開発、兵力投入のため輸送機器等の調達、海上自衛隊の輸送艇等を購入してのPKOへの独立参加、空中給油能力の確保を試みていることなどを挙げています。3つ目に、日米防衛協力ガイドラインがあるにもかかわらず、日米間の大きな戦略上の問題になると意見が異なる、例えば、対中問題、対朝鮮半島問題等確かに二国間の形式で公式のハイレベルのミーティングは開かれておりますが、東アジア太平洋をめぐるフランクな戦略的展望が描ききれずにいるという点が挙げられております。だからこそ、アメリカとしては日本が正常化している道を阻むことはできず、日本の台頭によりアメリカの東アジアにおける軍事戦略、外交政策は複雑化されるため、アメリカは新たな現実に順応していくことを学ばなくてはならないのだと言っております。私はいろいろな方と話をしておりますが、驚いたのは、日本の外交政策を研究している学会の友人のみならず、国防総省にかつて勤めていた人たちもこの意見を持っているということです。
 第4の流派は、“Three Cheers for Incrementalism”(漸進主義万歳)派です。これは、現状維持だけでは足りないし、従来のシステムは欠陥があったとする見解で、私が参加したCouncil on Foreign Relations(外交問題評議会)主催のセミナーで出されたレポートに岡本行夫さんの言葉が引用されていたのですが、同盟関係というのは平時ではうまくいくけれども、ひとたび戦時もしくは危機が起こってしまうと破綻してしまうと言っています。同盟関係を変えていく最良の方法は漸進主義であるというこの流派の一番雄弁なスポークスマンはマイケル・グリーンであり、日本の安全保障関係担当の官僚の多くが持っている意見です。この流派でも3つの議論が展開されております。1つ目は、漸進的なアプローチをとると、日本で最近作られつつある安全保障についてのデリケートなコンセンサスを壊さずにすむということです。急速に推し進め過ぎますとかえって進展され難いため、皮肉なことですが、同盟を変える一番の早道は、実は漸進主義であり、積み重ねを着実にしていくことによって、今日の同盟関係は以前に比べてかなりよくなったとする見方です。2つ目は、漸進的なアプローチは当該地域に対して脅威を与えず、現在の勢力均衡状態を壊さずに済む、という利点もあるということです。日本が急速に安全保障面の役割拡大へ向けて動き過ぎますと、中国において恐怖感が高まり、韓国やASEANのようなアメリカの当該地域における同盟国もしくは友好国のいくつかも懸念を感じてしまうであろうということです。3つ目は、漸進的なアプローチがアメリカ人にとって最も快適だということです。アメリカとしても日本がどこまで安全保障の役割を果たすべきかについて結論に至っておらず、漸進主義によって、日米関係の上でアメリカが優位を保ち、アメリカがシニア・パートナーで、日本がジュニア・パートナーという立場を保っていくことができるということです。この見解というのは国防総省や国務省のようなアメリカで日本の安全保障問題にあたっているほとんどの政策立案者がとっている意見です。この6か月ほど、私はこのような人たちと話をしてきましたが、彼らの間には、このごろ日米間で行われる協議の対象が戦略的な観点から見ればマイナーな問題、例えば、接受国支援を日本がいくら払うべきか、焼却炉による公害問題、沖縄基地問題に付随する問題にどのように対策を講じるか、というようなことばかりで、大きな戦略的な討議がなされていないといういら立ちが募っております。
 第5の流派は、“Japan must do more”(日本はもっとやるべきだ)派、つまり、日本は中国を制約するのにもっと協力すべきだと主張する流派です。この意見をとっているのは特にジョージ・W・ブッシュ氏の選挙陣営でアドバイザーを務めている多くの人たちで、その最たる人が、リチャード・アーミテージです。アメリカの外交政策および安全保障政策上の優先順位をどこにおくかについて、この流派の人たちとクリントン政権とは非常に異なる意見をもっており、この流派の人たちはマイナーな社会問題、例えば、ハイチやソマリアなど戦略的に重要ではないその場限りのような問題ばかりに労力を費やしたクリントン政権は安全保障政策で大いに失敗したと考えております。アメリカがすべきことは、大国、つまり、ロシア、中国、インドとの関係に優先順位を与えることであり、この3つの国の動き方によって世界秩序は変わりかねないというほどの大きな問題をはらんでいるため、これら大国との関係をうまく運営していくために対日関係が非常に重要になると考えております。漸進主義では全く不十分であり、日米防衛協力ガイドラインもいいステップではあったが、あまりにささやか過ぎる一歩にすぎず、より多くの日本からのサポートを欲しています。現状のガイドラインではアメリカが真に日本を必要としているときに最も困難な任務に日本から加わることができず、大きな有事に日本がアメリカと一緒に何か行動を起こすことができないと指摘しております。彼らは日本が集団的自衛権を行使することが必要であると考えており、日米はもっと共同で運用面において協力すべきであり、日本側に憲法上の制約があるという困難の中、最近の日本におけるナショナリズムの台頭、憲法論議が日本でも高まってきたことは彼らにとっては喜ばしいことであると考えています。第2に、もう瓶に栓がなくなってしまっても蓋が空いてしまっても心配ないし、瓶に蓋を戻す必要もないとみております。地域的にも、グローバル的にも日米は同じ価値観を共有している、しかも世界で最も先進的な二大民主主義国家であるので、アメリカとしては日本がより多くのことに関わることは望ましいことであり、日本とのより強力な同盟が必要であると言っております。十分議論されて日米間での意見が一致している朝鮮半島有事への対応のみならず、中国を制約させるため、特に台湾有事の際に必ず日本がアメリカ側につくことを確約するのがその理由です。ただし、台湾での有事に日本が何をすればアメリカの利害に一番かなうのかということについては具体的な分析はこれまでほとんどなされておりません。この言をとっている人たちは、日米の専門家同土で台湾の問題を分析、注目すべきだと言っておりますが、残念ながらこれまでのところ実質的な話し合いはほとんど行われておりませんし、このような話し合いをすること自体で中国を挑発してしまう可能性はあります。私の考えはこの流派にかなり近いと思います。文藝春秋の依頼でアーミテージさんと対談した際、私が民主党寄りではないかという理由で呼ばれたのだと思っておりますが、共和党のアーミテージさんとかなりの点について2人で意見が一致したため、思わず苦笑してしまいました。
 最後に、私の見方、題して“Mike's Wishful Thinkings”(マイクの希望的観測)についてふれてみたいと思います。私の意見には3つの要素がありますが、“Toward a TrueAlliance”(真の同盟に向けて)と題した本の中で述べましたように、日米間で新しい戦略に向けての交渉が必要だと思っております。
 日本の状況を見ていますと、確かに幅広く国民の間に同盟関係に対しての支持はありますが、この支持自体はかなりソフトなものであります。また、政治的な感情として、「思いやり予算」を支払うことはもはやあまり意味がないのではないか、また同盟関係全体に対して幅広くいら立ちが募っているということも確かだと思います。特に政治家は、もっと日本は自立外交を目指すべきだ、もっと対等な立場から日米同盟関係に取り組むべきだ、と話しております。しかし、日本の政治家がワシントンでアメリカの専門家と話をする際に、日本の在日米軍駐留経費の負担減をアメリカは認められるか、と尋ねた時のアメリカ側の答えは、安全保障面での共通目的に向けて日本が軍事的なリスクを負う、という積極性がないから非常に政治的に難しい、というものです。今後日米間で交渉するとよいと私が思っているのは、アメリカ側はもっと日本が対等な立場で日米同盟関係にあたることを受け入れ、アメリカの日本における軍事プレゼンスについてもより効率を高め、より侵入的なものではないようにする、沖縄における海兵隊の能力も削減するということも認めます。一方、日本側は、集団的自衛権の行使、より活発な東アジアおよびそれ以遠の地域における日本の兵力投入について考えていくというものです。ただし、沖縄における海兵隊の能力を削減すると言いましても、東アジアから米軍の兵力を完全撤退させると申し上げているわけではなく、東アジアおよび太平洋地域における米軍の兵力の再配分について考えております。
 第2番目の要素は、東アジアのアメリカの同盟ネットワークを日米協力のもと多国化するということです。現状の二国間主義のアプローチは、東アジアおよび太平洋において想定される大きな変化に対応するには不十分だと思っております。アメリカがすべきなのは、より緊密な関係を日本ともそのほかの同盟国とも築いていくということです。すでに対日、対韓関係では行われていることですが、ペリー調整官が訪問後、日韓米3極で調整および監督委員会ができました。日韓以外にも日本は例えばフィリピン、オーストラリア等とより緊密な安全保障関係を築いていくべきだと思っております。ここでいうネットワークは、NATOのような固定された正式な組織ではなく、比較的緩やかな同盟ネットワークです。そのようにすれば、第三海兵遠征部隊の再配分が可能となり、アメリカの任務遂行能力を失うことはないはずです。このようなアメリカの同盟ネットワークが多国化されれば、台頭しつつある中国の軍事力を封じ込めることができると思います。
 第3番目の要素は、アジア太平洋地域において包括的な安全保障コミュニティーをつくることです。アメリカの同盟ネットワークは、アメリカと同盟関係にある国だけを含んでおりますので、その同盟関係の外にある国、例えば中国、ロシアとはどうすべきかという問題が起こってきます。ネットワークの多国化とともに、すべてが入る包括的な地域安全保障コミュニティーの構築を提案いたします。
 むろん、ASEAN地域フォーラム(ARF)をべ一スにもできますし、もう少し小規模な安全保障の対話を積み重ねること、相互に安心感と透明性を上げることができます。北朝鮮がARFに入るということは、非常に前向きには捉えておりますが、ARFの主たるテーマは安全保障であり、アジア太平洋の南側を中心としていることを考えますと、トラック1、トラック2も含め、北太平洋を中心とした安全保障フォーラムのようなものができるとよいと思います。北太平洋安全保障フォーラムは、伝統的にツー・プラス・フォーと呼ばれる2つのコリア、アメリカ、日本、中国、ロシアだけではなく、カナダやモンゴルのようなより小規模な国も含めることにより、朝鮮半島問題だけを対象としているという色彩を薄めることができると思います。北太平洋安全保障コミュニティーを推進するために、初めに協調すべき活動範囲は、捜索、救助、人道的な支援、災害の復旧、海賊行為への対策です。急に難しい地域紛争の解決を手掛けるよりも、皆が支持しやすいこのような協力案件を最初に取り組んでいくのがよいのではないでしょうか。捜索、救助などは日韓、日露間でも協力が進んでいますが、範囲をさらに拡大していろいろな国を巻き込んでいくことが一斉にできれば、包括的な地域安全保障コミュニティーの第1ステップになると思います。しかし、より難しい安全保障上の問題、例えば朝鮮半島や台湾に関する問題になったときは、やはり引き続きアメリカを中心とした同盟ネットワークに依存するということになると思います。
 ご清聴どうもありがとうございました。ここで私の話は終わりにしまして、自由討論とさせていただきたいと思います。








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