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パネリストによるコメント
 
モデレーター: ありがとうございました。ボイド将軍は、冷戦時代のアメリカの安全保障の基本戦略は1968年にお出しになったとおっしゃいましたが、実は、そのころ、ここにおられるパネリストの田久保さんと私は、新聞記者でワシントンに駐在しておりました。あれから四半世紀経ちまして、2年半の歳月と、日本円で13億円のおカネをかけて、非常に重みのある戦略をおつくりになったわけですが、その議長をお務めになったのがボイド将軍であるということになると思います。
 先ほどの紹介にありましたように、ボイド将軍は職業軍人ではありますが、豊富な軍事的経験のみならず、伺っておりまして、たいへん知的な表現が多かったと思います。非常にソフィスティケイテッドな単語がとても多かった。同時に、たいへん文学的な表現もありました。たとえば、ヨーロッパの地上軍に対して、アメリカのある学者が「彼らは遠足に行っているバックパッカーみたいだ」と言ったというお話がありましたが、こういう表現はうっかり使うとうるさいから、なかなか使わないんですよ。僕はジャーナリストだから、こういう表現は大好きです。
 ボイド将軍はNATOの専門家でいらっしゃいますから、日米同盟については「私はshaky groundで、そんなに確固たる専門性を持っていないので、ここで皆さんに聞く。私の勘は、そういうことを私に命令している。この機会に皆さんに日米関係の先生になってもらいたい」とおっしゃっています。ですから、そのへんを踏まえて、パネリストの先生方にお話を伺いたいのです。
 個人的にいえば、NATOとは何かというのは、国際関係論としては非常におもしろいのですが、それはそれとして、ここではパネリストの先生方に、どちらかといえば日米関係に絞ってご意見をいただきたいと思います。その場合、ボイド将軍のお話と直接に結びつけなくてもけっこうです。たとえば、ボイド将軍が太陽の話をなさったとしたら、月の話をされてもけっこうですが、月がなぜ光っているかというと、太陽との関係があるということを頭に置いたうえで月のお話をなさってください。
 それでは、3人のパネリストの先生方に10分ずつお話をいただきたいのですが、田久保先生、志方先生、福田先生の順でお願いします。
 
田久保: 田久保でございます。歌川さんからいろいろ注文がつきましたが、まず、ボイド将軍のプレゼンテーションは、テロに関連してアメリカがいかなる問題に直面しているかという総合的な分析で、私は感嘆すると同時に、今の日本の現状を省みて情けなく思ったということを、まず申し上げたいのです。
 それから、歌川さんのご注文で、日本に絞ったらどうかということでございますので、日本に絞って申し上げたいと思います。
 ハート・ラドマン委員会の委員の方が日本に来られて、政・財・官界の方とお会いになって、どういうわけか私にはお会いくださいませんでしたけれども(笑)、比較的年長者と比較的若い方の間で、日米同盟に関する考え方が違っていたということが、いまのプレゼンテーションの中にあったわけでございます。比較的年長の方は日米同盟堅持派、とくに40歳以下の方は、日本の自主性ということで、アメリカに対する依存性を少なくしていこうという考え方が多かったということでございました。
 私は69歳になったばかりで、比較的年長者に入るのかなと思いますが、しかし、考え方は40歳以下のほうでございます。日米同盟は堅持するけれども、その中でアメリカに対する依存度が長年にわたってあまりにも強すぎたので、このアンバランス、片務性を双務性に近づけていかなければいけないのではないかと考える次第でございます。「片務性」はジャーナリズムの用語で、アカデミズムの用語ではございません。
 青山学院大学の教授をされていた永井陽之助先生が「吉田ドクトリン」という言葉をお使いになりましたが、これは簡単にいえば、日本は経済に専念して、軍事はアメリカに任せるのだということだと思います。ところが、これを修正しようとしたのは岸信介さんで、岸さんは、60年安保で、国内の騒乱事件を外国の軍隊の手を借りて鎮圧するなんていうことは国として屈辱的で、自主性を少し持たせるように安保を改定しようではないか、と言われたわけです。これをどう勘違いした方々がいらしたのか知りませんが、岸さんが少数意見になってしまった。
 私は、その前から、日本を強くすべきだという考え方を一貫して持っておりますので、吉田ドクトリンと岸ドクトリンだとすれば、私は断固「岸ドクトリン」を支持してきたということを申し上げたいと思います。
 そこで、ボイドさんに何をここで訴えたいかというと、岸ドクトリンが少数意見で、多数意見にならないことが根本の問題だということです。まず第1に、ニューズウィークなどは「超パシフィズム」と呼んでいますが、日本人の頭にあまりにも超パシフィズムが染み込んでしまったことです。第2に、憲法発布以来、日本の軍事問題の専門家で、ハードの面だけをおっしゃる方はいらっしゃるけれども、なかなかシステムのことをおっしゃらないのですが、システムがメチャクチャになっているということです。システムが凄惨なまでに壊されてしまっているということは、あとから申し上げますけれども、ここを直さないかぎり、どうしようもないということを認識しなければいけない。知っているか知らないかの問題だと、私は激しい言葉を使いますけれども、日本人の中で知らない方があまりにも多すぎるのではないかと思います。
 もう一つ訴えたいのは、私のような意見が国際的に非常な少数意見になるというのは、はっきりいうとアメリカのせいだということです。今のブッシュ政権は正しいと思うのですが、クリントン政権まで、長年アメリカの政権の主流を成す方々は、「弱い日本」にしておいたほうがベターではないかと思っておられた。これを「ウィークジャパン派」という言葉を使わせていただきます。
 私がこのことに最初に直面したのは1970年代の初頭でありまして、キッシンジャー博士が「日本は早晩軍国主義になるだろう」と言われました。「早晩」は“in near future”と言っております。ところが、32年経っても軍国主義になるどころか、軍事小国にもならない。キッシンジャーさんがいかに間達っていたかということですけれども、キッシンジャーさんから反省の言葉は全然ない。
 それから、いまから4年前ですか、私が江藤淳さんとサンケイ新聞の元旦号で対談したときに、江藤さんがびっくり仰天されました。私は、ブレジンスキーがこう言っていますよと申し上げたんです。ブレジンスキーは“de facto protectorate of the United States”という言葉を使って、日米関係は事実上アメリカが保護国で日本が被保護国であり、この保護関係を規定しているのは日米安保条約であると言ったんです。私は腹が立ったし、江藤さんも腹を立てていたけれども、今の私は腹は立てない。さすがにブレジンスキーはいいところを見ているなというふうに考えているわけでございます。
 日本が少しでも軍事的にシステムをいじろうとしたり、あるいは、軍事費はGDPの1%以上かけてもいいのですが、そうなると、アメリカは大きな国ですから、ブッシュ政権下のアメリカでも「軍事大国化」という言葉が少数だろうけれども出てくる。そうすると、周辺諸国でこれに唱和する国が出てくる。中国の方も韓国の方も北朝鮮の方もここにいらっしゃるでしょうけれども、必ずこれに大きな声で「そのとおり」と言うんです。日本を取り巻く諸国に「軍事大国化反対」という大合唱が出てくる。日本でも奇妙な人たちがいらっしゃいまして、立ち上がって、これに唱和するんです。そうすると、私のような正論が本当の少数意見になって圧殺されてしまうという国際的なからくりがある。アメリカのほうは本気かもしれないけれども、周辺諸国の中には国際政治に利用している国々が少なくないんですよと、私はボイドさんに訴えたいということでございます。
 それから、ここにいらっしゃるアメリカの方々はどうお思いになっていらっしゃるか知りませんが、アイリス・チャンの「ザ・レイプ・オブ・南京」はアメリカで爆発的に売れたというのですけれども、あの内容は学問的な価値はない。こういうものにアメリカで大騒ぎをすると、それみたことかと周辺諸国がこれを政治的に利用する。そうすると、日本の中の正論は立ち上がれないぐらいのダメージを受ける。アメリカの良識ある方は、どうぞこのへんを気をつけてほしいと考えております。
 最初に戻りますけれども、パシフィズムの根源は日本国憲法です。とりわけ第9条でして、この第1項はともかくとして、第2項はたいへん怖い条項で、「陸海空軍その他の戦力」は持っていけないということになっています。「その他」はすこぶる重要な表現だと思います。それから「国の交戦権は、これを認めない」とある。こういうことがあると、いったいどういうことが起こるか。憲法だけではないんですね。ここから派生する政府解釈から何からあって、たとえば集団自衛権の問題も、権利はあるが行使はできないという、だれが考えてもおかしな解釈になる。ここのところを打ち砕いて正しい憲法にすることができなかったら、集団自衛権を改めるということにしないと、テロ対策一つ、一人前にできないということを、私は申し上げたいわけでございます。
 そういうことを申し上げたうえで、もう一つ言いたいのは、ブッシュ政権登場以来、あるいは、ブッシュ政権に参加されたアーミテージ国務副長官の「アーミテージ報告書」が出たのは一昨年の10月ですが、これ以来、政権に参加されているかなりの方が、ウィークジャパンではなくてストロングジャパン、「強い日本」になってほしいというシグナルを次々に出されているということです。ただし、ブッシュ政権ができるまでのアメリカが、長年、日本を「弱い国」にしようとしてきた責任は大きいと思います。その責任の第一義的にはわれわれにあるのですが、第二義的にはアメリカにあるということだろうと思います。
 「孤掌難鳴(孤掌は鳴らし難し)」で、アメリカがせっかくサインを投げかけてくれるので、今度はわれわれから掌を合わせて、初めていい日米関係ができるのではないかということを、結論として申し上げたいと思います。以上でございます。
 
モデレーター: 田久保さん、ありがとうございました。最後に使ったこれ(両の掌を合わせること)は、禅ブディズムの公案にあるんですよ。この音はどっち側が出した音かということです。
 ボイドさんは「日米関係は成熟した普通の関係になりましょう」と呼びかけておられるわけですね。田久保さんのお答えは、それに対して「もちろんイエスなんだ」とおっしゃっていて、そのためには憲法の改正が必要だということをおっしゃったわけですね。
 次は、志方将軍です。日本の安全保障モデルは、国を守るモデルではなくて、憲法を守るモデルであるという、たいへんシニカルな表現があるのですが、いつもその問題で苦労されて、現場でイライラされている志方将軍、ひとつコメントをお願いいたします。
 
志方:どうもありがとうございます。限られた時間なので、すぐ本題に入りますけれども、私は、9月11日のあと、日米の軍事同盟の関係は、冷戦時代とその後の時代よりももっと実務的に緊密になっていくことは間違いないと思います。しかしながら、わが国の安全保障の関心事の中で、テロリズムに対する対応としては、自衛隊の戦略構成を大きく変えなければならないというものではないと思うんです。アディショナルな装備とか戦法、ドクトリンを加えなければいけないけれども、日本の防衛力整備の根幹に取って替わるものではない。カウンターテロリズムのフォースストラクチュアを変えることではないということです。やはりわが国の安全保障の最大の関心事は、中国が非常に大きな軍事大国になったときに、わが国はどうするかということで、それがフォースストラクチュアの一つの大きな目標だと思うのです。それをまず考えなければいけない。
 それを前提に置いたうえで、これからの日米関係を考えますと、先ほどボイド将軍が言われたグローバリゼーションですが、たしかにインターネットで情報も流れ、大きな大量航空輸送機関で人も動くし、ボタン一つ押せば何億ドルというおカネが相手の口座に入るし、コンピューターが発達したので、デリバティブのようなものもどんどん出てきて、実体経済の何十倍というものが動くとなると、これは、アメリカだけではなくて、人類全体にとって「科学文明の進歩に精神文化がついていけない」という現象だと思うのです。この相剋がテロリズムに現れてくる。ここのところの共通の認識がなければいけない。
 もう一つ、ボイド将軍が言われたことで、いまやアメリカは押しも押されもせぬ超大国になったということですが、アメリカも一つの国家ですから、国益を追求してもおかしくはないし、暖昧な戦略をとることも、一つの戦略の選択であると思いますけれども、「稲穂は稔れば稔るほど頭を下げる」ということわざが日本にありますが、そういうようにアメリカに一つの期待をするわけです。
 たとえば、どの国でもダブルスタンダードはありますが、しかしながらアメリカが行うダブルスタンダードは、やはりみんなが困惑するわけです。小さな国がやることはあまり考えないのですけれども、アメリカという、一つの理想を掲げた国家がダブルスタンダードを使うことは、ほかの国々に対して非常に大きな影響を与える。逆に「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」という中国の言葉のように、小さな国家は、大きな国が考えている志などなかなか理解できない。それはわれわれ日本人のほうが考えなければいけないことだと思いますが、アメリカはこれからダブルスタンダードを少しずつ直していくことが必要だろうと思います。私は、それが真の大国だと思います。
 それから、無神経さですね。たとえば、今回のアフガン戦争に対する貢献国から日本の名前を洩らしたということは、日本人もそれほど大きな問題としては捉えておりませんし、アメリカもすぐ謝っておりますから、おかしくはないのですが、こういう無神経さは、将来、アメリカが真の大国になっていくときに直さなけれぱいけないことだろうと思うのです。
 また、大統領のお話の中で“axis of evil”という言葉がありましたが、日本では、公式に相手の国を「悪魔」と言うことはあまりない。大東亜戦争のときに「鬼畜米英」と言ったことがありますが、そのときぐらいで、それ以後、日本は相当成熟しました。だから、アメリカももう少し成熟していただきたいと思います。
 次に、これから先の対等な日米関係、イコールパートナーシップとはどういうことかと考えてみますと、たとえば、アメリカのある高官が、日米同盟も日英同盟のように近づいたらどうだと言われました。しかし、考えてみますと、イギリスは、航空母艦も隻数は少ないけれど持っているし、核兵器も持っているし、あらゆる意味でアメリカのフォースストラクチュアのミニチュアサイズで、日本にそういうようになれというならぱ、日本も核兵器を持ったり、航空母艦を持ったり、SLBMを持つことになるのであって、そういうことはアメリカにとって本当にいいことだろうかということです。そうではなくて、アメリカがなかなかできないことを日本がやるという、補完関係にある日米同盟がいいのではないか。そうすれば「おんぶに抱っこ」などという変な言葉は出ないと思うのです。
 核の問題とミサイル防衛の問題は、日本人が選択しません。日本がICBMを持つことはしませんから、したがって、これから日米軍事同盟の中で「ミサイル防衛」「核の傘に依存すること」の二つに関しては揺るぎないと思います。
 もう一つ、先ほど田久保先生が憲法の問題に触れましたが、たしかに今の若い人の中には、何でわれわれはこれほどまでに軍事的にアメリカに依存しなければならないのかと疑問を感ずる人が少しずつ出てきていることは間違いありません。私は学校で若い学生を教えていますので、そういう気持ちは感じます。しかしながら、日本とアメリカとは、政治における民主主義とか個人の尊厳とか自由といった共通のバリューで根底で結ばれていますから、日米同盟は、それがあるかぎり揺るがないと思うのですが、今の日米同盟に対する日本人の中にある不満は、アメリカに対する不満というよりも、日本が日米同盟に対してどう対処しているかということに対する不満だと思うのです。
 たとえば、憲法の問題も、アメリカが「日本の憲法はそのままキープしなさい。変えないようにしなさい」と言ったことはないですね。それは日本人が決めることだといつも言っています。変えないのは日本人なんですね。ですから、アメリカに対して言うよりも、日本人に対する不満であって、日本の政府があまりにも憲法に固執しているところに、若い者も不満を持っているのだと思うのです。
 もう一つ、かつて私が防衛駐在官としてワシントンにいたときに、日本から偵察衛星を上げたいという話が出たのですが、アメリカから「その必要はない。情報は全部プロバイドする。そんなおカネがあったら、もっとコンベンショナルな力、軍艦や戦車をもうちょっと増やしなさい」というリコメンデーションがありました。当時は冷戦時代でしたからね。最近は、日本もやっと独自の人工衛星を来年は四つ上げることになり、少し状態は変わりました。
 わが国のフォースストラクチュアの中でいちばんの弱点は、これからの対テロにも重要なことですが、C4ISR(Command,Control,Communications,Computers,Intelligence,Surveillance and Reconnaissance)が非常に後れているところです。先般の奄美大島南西沖の不審船事件のときに、撮った写真が総理大臣のところに行くまで9時間かかっている。これで戦争なんかできるわけがない。そういうことがあまり問題にならないのはおかしいのではないかということです。アメリカの人工衛星が「船が出て、それが中国の港にも寄った」ということを言ってくれているにもかかわらず、ほとんど対応できない。こういうクイックレスポンスのクライシスマネジメントのところのシステムがほとんどない。
 私は、陸・海・空自衛隊は世界でも有数の軍隊だと思うのです。イージス艦を4隻持って、現在もアラビア海に5隻、今度は東ティモールにも2〜3隻、こういうオペレーションをするということは、その陰に大変な戦力がなければできないわけです。それから、F15を200機も持っている。そういう空軍は世界にアメリカ以外にはありません。陸上自衛隊も900両ぐらいの戦車をこの狭いところで走らせている。こんな国はありません。防衛費は、為替レートによって違いますが、世界で2番目です。
 そういうことを考えると、すごい軍隊ですね。こういう軍隊をこの憲法で持つこと自身が、私は不思議なんです。私は、35年間、陸上自衛隊にいましたけれども、陸上自衛隊が軍隊でないと思った日はありません。これは間達いなく軍隊であります。それを軍隊でないと50年も自分をだませる国民を、どうして世界の人たちが信頼してくれるかということです。ですから、私たち日本人は、世界のことを非難するのではなくて、自分たちがいかにおかしいことをしているかということを非難すべきであると思います。
 いま国会で有事法制、安全保障基本法が議論されるといわれております。景気浮揚とか経済の構造改革がメインテーマなのでしょうが、私個人は、おそらくそれは失敗すると思います。そして、残るのは、有事法制がちょっと前へ進むかなというぐらいが一つのハーベストだろうと私は思っています。
 わが国には基本法が14あります。基本法というのは、憲法の中に定められたものを実行するときの政策を書くものです。たとえば、バリアフリーの社会にしようとか、消費者を保護する社会にしようとか、そういう基本法があります。農業の基本法とか環境の基本法もあります。これは、わが国の憲法の中に、こういう環境に住む必要がある、こういう教育を受ける必要があるということがあるから、環境基本法もあるし、教育基本法もあるわけです。
 しかし、わが国の憲法の中には「わが国は平和を欲すれば安全なのだ」と書いてあるので、危機管理条項がないわけです。103条もある条項の中に「わが国が危ない」ということは一つも書いてない。危ないときにどうするかというものがないから、その上に基本法ができないわけです。われわれは、こういうときは力は使いたくないけれども、こういうときは最後の手段として防衛力を使うということを決めるべき基本法がつくれないのです。本来はその上に有事法制がつくれるはずがないのです。有事法制がないのに、自衛隊法とか防衛庁設置法という手続法があって、その上にアジアでも最強の軍隊が乗っているということは、基礎がない上に1階がなくて、2階がなくて、3階と4階だけが営業しているということで、営業中の3階と4階をそのままにしながら、2階、1階と基礎をつくれというのが、小泉内閣に課せられた義務です。これは非常に難しいことで、大変な建築会社でなければできない(笑)。以上でございます。(拍手)
 
モデレーター: 志方将軍、ありがとうございました。志方将軍の学歴は、防衛大学校第2期生であると同時に、京都大学工学部で原子力工学を学んだ方ですが、いま伺ってみて、非常に日本語力があって表現が豊かなんですよ。たとえば、世界で2番目の防衛費、大きな軍隊を持っていながら、しかもこういう憲法で、そういう日本がおかしいのだ、というレトリックは、いろいろに受け取れるのですが、私は同じ日本人ですから、彼が何を言わんとしているか、よくわかります。それは、軍隊をもっと小さくしろと言っているのではなくて、憲法の解釈を変えるか、憲法を改正せよと言っているわけですから、ここだけはアメリカの方は誤解のないようにしていただきたいのです。
 それから、たくさんの問題を提起されまして、たとえば、日米同盟のこれからのあり方の参考の一つは日英同盟ですねと、最近よくいわれますが、それはいったいどういう意味なのかということは、第三部で議論いたしませんか。
 それでは、お待たせしました、福田先生、どうぞ。
 
福田: 福田でございます。ボイド将軍のお話で、いちばん印象的だったというか、本当にそういうことだなと思いましたのは、今アメリカが世界から受けている主要なポイントは、やはり「ルサンチマン(怨恨感情)」だとおっしゃったことで、これは非常に大事なポイントだと思います。ルサンチマンとテロの問題は、非常に密接な関係がある。
 現在、たしかにアメリカの軍事力は非常に冠絶しておりまして、日本の軍事専門家も、どう考えても、どのような国もあと30年はアメリカの通常兵力においては追いつけないだろうと言う人たちがたくさんいるぐらいですが、その反面、テロの脅威に対する脆弱性が指摘されるということも、おっしゃるとおりだと思います。
 ただ、歴史が教えておりますように、第一次世界大戦前の19世紀後半から第一次世界大戦への流れもそうですし、もっと前のナポレオン戦争時代のこともそうだと思いますが、テロリズムの衝突のあとに、どうしても大国間の衝突が起こるという歴史的な経緯を考えますと、そういうようなことを調停せざるをえないのではないかと思いました。
 あと、それと非常に密接な関係があると思うのですけれども、将軍がレポートの中で、テロを根絶する最終的な方法として「開発」と「安定性」を育てることが非常に大事だとおっしゃっていまして、これは本当にそのとおりだと思うのです。ただ、これは志方先生がおっしゃった中国の問題とも関わる問題ですが、開発の進度がはたして安定性と結びつくのかつかないのかという問題があって、これは中国を見ていくうえで、日本の立場としても揺るがせにできない問題ではないかと思います。はっきりいえば、中国の現政権のように、一党独裁の軍事警察的な色彩の強い政権が経済開発を続けていった結果、どのようなかたちに至るのかということには、深い関心を持たざるをえない。
 この結果は、いろいろなかたちでの未来予測とかトレンド予測もありうると思うのですが、私は、過去の歴史を鑑みることも一つの考え方ではないかと思います。そうしますと、明王朝のあり方と現中華人民共和国のあり方がきわめて近似しているので、これを考えていくと、ある程度一つのシナリオとして書けるのではないかと思いました。
 明と中華人民共和国は非常によく似ておりまして、まず、政権の性格が「愛国主義」といいますか、異民族・他国の支配からの解放を根底として持っています。明はモンゴルから政権を奪い返し、人民共和国は列強の中国支配から復活しています。
 2番目に、政権の性格として、明の朱元璋は流賊の出身、中国共産党の毛沢東はパルチザンの出身と「非正統」であり、「軍事的なプライオリティが高い」政権です。万里の長城は秦の始皇帝がつくったことになっていますけれども、現在のような包括的なかたちに整備されたのは明朝です。あるいは、鄭和の大航海がありまして、いま人民共和国も大艦隊を持とうという構想もあるようですが、そういうかたちで海軍兵力を持とうとしたのは明と現代の中国だけではないか。清朝も末期に北洋艦隊がありましたが、あれは遠洋に出る能力は備えておりませんでした。また、清になってもっと強くなりますが、明朝は歴代王朝の中で皇帝の「直轄独裁」を非常に強化しています。これは現在の北京政権の性格と似ています。
 3番目に、「知識人を弾圧」した時代で、明の場合は「文宇の獄」で知識人を徹底的に弾圧し、歴代の王朝の中でも「文化は低迷」を極めています。今でも知識人に対して弾圧が続いておりますが、それと似ているのではないか。
 4番目に、明王朝の初期に非常に大きい内乱(靖難の変)を体験し、人民共和国も初期に「混乱」(大躍進運動、文化大革命)を体験しています。
 5番目に、これも一つのポイントだと思いますが、明も人民共和国も初期には「鎖国」政策というか、一国内の経済的な封鎖をしたところから、それが持ちこたえられなくなったとたんに非常に激しい経済発展に向かっています。
 以上の五つの点において明と人民共和国は似ていますが、それでは明王朝がどういうふうに崩壊していったかといいますと、まず1番目に、政権の支柱になっていた軍事基盤が弱体化したことです。これは豊臣秀吉の朝鮮征伐に起因しており、現在の朝鮮半島情勢を考えると、非常に興味深いことだと思います。2番目に、経済発展によって求心力が低下しています。明は内乱のときに、最初は南京にあった首都を北京に移したわけですけれども、これによって政治と経済の中心が分離してしまいました。3番目に、宦官を中心とする汚職が横行し、宦官が地方から大きな税金を勝手にとるようなことをした結果、地方でたびたび反乱が起き、これが政権の崩壊につながっていきました。
 この三つのポイントを考えていきますと、現在の中国の場合、1番目の「軍事基盤の弱体化」は来していないけれども、2番目の「経済発展による求心力の低下」については、中国共産党は企業主、ブルジョアジーを党に入党させざるをえないというところに端的に現れております。3番目の「汚職の横行」については、ついこの間の全国人民大会のいちばん大きいイシューとして取り上げられていました。このように非常に酷似していると思います。
 そこで、現政権の分析をしていきますと、1番目に「政権基盤の空洞化」が始まっています。社会主義市場経済というかたちで共産党イデオロギー自体を否定してしまって、同時に、官僚組織、共産党の組織自体が空洞化している。また、経済の自由化によって国の求心力が拡散してしまっている。
 2番目に、非常に大きい問題として「軍事力、警察力、愛国主義へ過度に傾斜していること」があります。これは、社会主義イデオロギーがなくなった結果、メインに使えるイデオロギーとしてナショナリズムしかないということで、過度にあおり立てており、これはアメリカやヨーロッパからもかなりの批判が出ております。軍事もそうですが、警察力に関しては非常にパフォーマンスが高くなっていまして、とくに東北のほうに行きますと、大都市になると信号一つひとつにジープや装甲車が停まっているというかたちになっています。
 3番目に、現政権が目指しているのは「経済発展で政権の正統性を保つ」ことです。社会主義を捨ててしまって、それにもかかわらず基本的な言論の自由とか信仰の自由とか職業選択の自由を抑圧していることの正統性を経済発展に求めようとしているのが、今の状況ではないかと思います。
 これが今後どういうふうに展開していくのかと考えますと、二つのシナリオが考えられるだろうと思います。1番目に、経済大国化を通じて軍事大国化をますます進め、北東アジア、東南アジア、中央アジアの「覇権国」となり、その中で「独裁体制を維持」するというシナリオです。2番目に、経済発展が進めば進むほど価値が多様化し、政権への不満が起きて内乱が起こり、周辺に混乱が起きるというシナリオも一方でいわれています。
 これに対して、われわれはどうしていくか。これはもちろん日本そしてアメリカの問題であると思うのですけれども、最初にボイド将軍がおっしゃった、「開発」と「安定性」によって世界からルサンチマンをなくしていくということを考えたときに、アメリカに対するルサンチマンの非常に大きな部分が、エントロピーの高い現在の中国の中にあるのではないかと思います。
 ですから、われわれは、中国を、開発と安定性の同居している穏健で民主的な勢力として国際社会にどう位置づけるかということを考えなければならないし、これが今後の日米関係にとっての非常に大きいチャレンジになるのではないかと思います。
 そのときに考えられるアプローチとして挙げられるのは、1番目に、間接的アプローチとして、ODAあるいはNGOを使って、囚人を労働者に使ったり、非常にひどい労働環境の中で労働者を使うといった中国における人権問題、環境問題、経済問題にコミットしていって、その改善を促すことが考えられます。2番目に、直接的アプローチとして、一種の封じ込め戦略があります。これはアメリカの学者からも出ているようですが、そういうものをどうつくっていくか。3番目に、戦略的アプローチとして、現在の北京政権に替わるような代替政権がありうるのか、ありうるとしたら、どうあるべきなのかということです。あるいは中国の領域について、チベットから何からいろいろ問題がありまして、これはテロリズムに関してではなくても、一種の戦略的な試行実験として考えていくことが、日米のみならず、より安定してより繁栄した世界を実現していくにあたって、非常に大きい意味があるのではないかということで、コメントを締めくくらせていただきます。
 
モデレーター: ただいま最初につくった時刻表から見ると、電車は約20分遅れております。これは、食事の時間を10分遅くし、あとの半分は少し急ぐということで議事を進めたいと思います。
 3人の先生がいろいろ問題提起をされましたけれども、問題が15〜16あって、その中で非常に大きなテーマの一つが、日本とアメリカが中国にどう対応していくかという問題です。この問題は、主として第三部で深めていきたいと考えております。
 では、ボイド将軍、3人の日本人のパネリストからいろいろなコメントと意見がありましたけれども、どれをとっていただいてもけっこうですから、感想をいただきたいと思います。
 
ボイド: 少し時間をセーブできるように、私も努力したいと思います。私のコメントも簡潔にして、できるかぎりの時間を皆様のディスカッションに割きたいと思います。
 いくつかのポイントを拾っていきたいと思います。まず第1に、3人のパネリストの方々は、私の意見に関しては「とんでもない、絶対反対だ」というようなことはおっしゃっていなかったように思います。
 田久保先生は69歳でいらっしゃるということですが、お考えは非常に若々しいと思います。99年にまいったときに、先生のところを訪ねなくてすみません。私は、40歳以上の人たちがみんな同じ考えだと言おうとしていたわけではなく、一般的な印象として申し上げただけです。これは決して不思議ではないと思います。たとえば、米国の若い人と話をしたとして、米国は今後どういう役割を果たすのかと聞きますと、私ぐらいの年代の者と若者とでは意見が違うものです。
 しかし、お三方のコメントを聞いておりまして、日米の安全保障上の関係は変わるべきだとおっしゃっているようです。私の発言の中でもそう申し上げていると思いますので、この4名は、底流にあるテーマとしてこれを捉えると思います。それを第三部で取り上げて詳しく話すというのはかまいません。
 それから、志方先生の発言ですが、雀は白鳥の考えがわからないというようなお話であったかと思いますけれども、しかし、日米関係は雀と白鳥ではないと思います。日本は世界第2の経済大国でありまして、決して雀とは考えておりません。大きな鳥ともう少し大きい鳥という関係でしょうか。その関係においては、ほかのどの点よりもコミュニケーションは平等であるべきですし、コミュニケーションは直接的であると考えます。私自身もきょうは率直にお話しいたしました。かなりぶっきらぼうに聞こえたかもしれませんが、対等な者の対話はそうなるのではないかと思います。
 私のほうのコメントは、今は以上としまして、第三部でもう少し日米関係について述べたいと思います。聴衆の皆様のご意見を伺いたいと思いますが、どうでしょうか。
 
モデレーター: ボイド将軍はたいへん率直なんですよね。言葉もすごく魅力的で、日本語のほかに英語の彼のぺーパーを見ていたのですけれども、“gut feeling”という言葉があるんですよ。ガットは胃袋のことで、「ガッツがある」というでしょう。要するに、腹で感じるか感じないかという話でありまして、学者のアカデミックな議論をさらに超越したフィーリングなんですね。そういう言葉をお使いになっている。もう一つ、アメリカが何かをするということではなくて、「アメリカが存在していること 自体が癪のタネなんだ」という表現があって、こういうところは非常におもしろいと思いました。以上は私の感想ですが。








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