IV 調査手続
ここでは、水上交通事故を中心に述べる。
1 水上交通事故
重大事故及び重大インシデント以外の水上交通の事故及びインシデント(令23条のa、b)の調査は、
前述のとおり、1997年の事故調査法の改正で、AIBの組織する調査委員会又はAIBによって行なわれることになった。
(1)対象
次の[1]から[4]の場合が対象になる。なお、水上交通(及び鉄道交通)の事故(インシデントを含む。)には航空の事故調査に関する軍事用についての例外規定(法2条のa)のような規定がないので、軍・官・公の船舶も対象になるものと考える。
[1] 領海の水上交通(令23条のa)
[2] 領海以外のフィンランドの船舶(令23条のa)
[3] 水上交通におけるインシデント(令23条のb)
但し、一般的安全の改善及び新たな事故の防止に有意義な情報を得ることに役立つことが期待される場合(令23条のb)
[4] ボートの事故
但し、一般的安全の改善及び新たな事故の防止に有意義な情報を得ることに役立つ場合(法令の規定がないようである。)
(2)適用規定
適用される法令は次の[1]及び[2]だけであるが、[3]も対象になると説明されている。
[1] 事故調査法
[2] 事故調査政令
[3] IMO A.849(20)決議「海難及び海上インシデントの調査のためのコード(Code for the Investigation of Marine Casualties and Incidents)」及びIMO A.884(21)決議「海難及び海上インシデントの調査のためのコード(決議A.849(20))の改正(Amendments to the Code for the Investigation of Marine Casualties and Incidents(Resolution A.849(20))
(3)海難情報伝達の経路
次の2通りがある。
[1] 船舶から緊急事態の報告を受ける官庁等(海難救助調整センター(Maritime Rescue Co-ordination Center=MRCC)、船舶航行管理事務所(Vessel Traffic Services=VTS)、救助センター(Rescue Centers)等を経て海事庁から、又は情報を入手した報道機関からAIBに報告される。
[2] 船長の海難報告書が海事庁からAIBに通知される。
2 事故調査報告書
内容、発行にいたる経路、発行実績等は次の通りである。
(1)内容
[1] 事故の経緯及び調査
[2] 分析
[3] 結論
[4] 勧告(安全の増進、事故の防止、損害の回避及び減少並びに捜索及び救助の活動成果の増進のためと規定する(法15条)。)
なお、水上交通事故では、「[3]結論」及び「[4]勧告」を除き、「[1]事故経緯の調査」及び「[2]分析」は、極めてオープンな形で行なわれているという。
事故報告書の民事・刑事訴訟への使用を制限する法令はない。(但し、前述のとおり、事故報告書の内表紙下部には「非難の割合を定め、又は責任の指摘をすることは事故調査及び調査報告書の目的ではない」と記載してある。又、事故報告書には関係する個人の氏名は記載されていない。)。
証拠物件もすべて公開される。(「VI 国際協力」1 国際協力の事例」「(2)機船シリヤヨーロッパ(M/S Silja Europa)乗揚の場合」を参照のこと)
(2)発行の経路(法16条)
[1] 重大事故については、重大事故調査委員会からAIBを経て内閣に提出される。
[2] 事故委員会が調査する事故については、事故調査委員会からAIBを経て法務省に提出される。法務省は特別の理由があるときは内閣に提出する。
[3] 公務員の調査する事故もAIBから法務省に提出される。
(3)配布
[1] 法務省から訴訟関係の機関及び個人等に対して提供される(法16条)。
[2] AIBから事故関係者、海事運送関係(船舶所有者、訓練及び研究の機関、企業体)、行政機関、報道機関等へ配布され、及びホームページによって公開される。
(4)報告書数等
報告書は、英文要約付で300〜600部作成され、無料で配布される。
1997.3.1から2000.8.12までの水上交通事故調査報告書の発行実績は次の表の通りである。(年次報告書は未発行である。)
区分 |
1997年 |
1998年 |
1999年 |
2000年 |
非常に重大な事故 |
0 |
0 |
0 |
0 |
事故調査局任命の調査委員会の調査事故 |
2 |
2 |
2 |
3 |
事故調査局の調査事故 |
17 |
14 |
6 |
6 |
合計(件) |
19 |
16 |
8 |
9 |
すなわち、3年の実績で最大は19件(1997年)である。
(5)その他
[1] 報告書公表に期限はない。(遅くなりそうな場合は中間報告書を出す。実績は8か月〜1年である。)
[2] 勧告を受ける政府機関等は、その内容の通知を受けて30日以内に見解を提出する。見解は報告書に加える等で公表する。(令24条)
[3] 機関等は勧告についてAIBの要請によって報告する。(令26条)
[4] 報告書に関して責任を取るということはない。
[5] 再調査については、調査の終了は新たな調査を妨げないとだけ規定している(令18条)。
海技資格に対する懲戒処分について、調査し得たことを記載するが、不明な部分が多い。
1 実施機関
海事庁が行なう。(基本的には、スウェーデン海事庁(Swedish Maritime Administration; SMA)と同じ機能をもっているというが、1997年以降は、水上交通の事故及びインシデントの調査がAIBの管轄になっているので、純粋に懲戒等の処分だけを行なっていると考える。)
2 懲戒処分の方法
海事裁判所(海事法の下に設置されていて全国に6箇所ある。判事のほか海事専門家が2人就く。)において出頭した関係人(殆どは船長という。)の事実認定を行ない、その認定に基づいて海事庁が免許の処分を決定する。処分はAIB関係の調査よりも早く行なわれるので、報告書とは無関係になるという。(AIB職員が傍聴しているという。)
3 海事裁判所の所在地
次の6箇所の各地方裁判所が取り扱っている。
コッコラ Kokkola、ヘルシンキ Helsinki、ハンコ Hanko、トゥルク Turku、ラウマ Rauma、ヴァーサ Vaasa
VI 国際協力
1 国際協力の事例
次に示す2例は、いずれも現在の関係IMO決議が採択される以前の事故であるが、海難調査の国際協力を考えるうえでは参考になる。
(1)機船エストニア(MV Estonia)沈没の場合
本事故の最終報告書“Final Report on the Capsizing on 28 September 1984 in the Baltic Sea of the Ro-Ro Passenger Vessel MV ESTONIA”は1997年12月に刊行された。
機船エストニアはエストニア船籍のロールオンロールオフの旅客船であり、同船の沈没は1994年9月28日に発生した。本海難が3か国の共同調査となったのは、船籍国であるエストニアの首相が提唱し、救助分担水域を管轄するフィンランドの首相及び乗組員の国籍であるスウェーデンの首相がこれを受けて3か国の首相が決定したことによるという。
本最終報告書は、すでに社団法人日本船長協会機関誌「月報Captain」平成10年10・11月合併号(第329号)に「国際活動委員会報告“エストニア号”の沈没事件(最終報告書)」と題して紹介されているので、ここでの詳記は控える。
本海難については、海難調査の国際協力を行なううえで参考になる点が多いと考える。ここでは、訪問時のコメントを踏まえて、次の通り指摘しておく。
[1] 言語上の疑問を解消するため、英文を正本にした。
[2] 3か国首相同士の合意で合同調査をすることになった。(船籍国がエストニア、発生地点がフィンランドの救助分担水域及び乗組員がスウェーデンであったことによる。)
[3] 各国の調査範囲を決め、それぞれの国法にしたがって調査をし、合同委員会で合意したものを文書化した。(エストニアが乗組員等、フィンランドが救助及びスウェーデンが構造を担当した。)
[4] 事実関係については容易に合意が出来たので中間報告書を発表(1995年4月)した。
(2)機船シリヤヨーロッパ(M/S Silja Europa)乗揚の場合
本事故の調査報告書(Investigation Report No.1/1995)“The Grounding of The M/S SILIA EUROPA at Furusund in the Stockholm Archipelago on 13 January 1995”は、1997年に刊行された。
フィンランドは、フィンランドの大型フェリー「シリヤヨーロッパ」が1995年1月13日午前4時35分(フィンランド時間)にスウェーデンのストックホルム群島フルソン海峡で乗り揚げた際、当時施行されていた重大事故調査法によって重大事故調査委員会を設置し、その調査を行なって、英文の事故報告書を公表した。
本事故を国際協力の事例とする理由は、同委員会の調査メンバーにオブザーバーとして、スウェーデンの海事関係者3人が加わっていたことによる。同委員会は、委員3人、専門調査員3人及びオブザーバー4人並びに書記1人で構成され、オブザーバー4人は、スウェーデンの国家災害委員会委員、海事庁上席検査官及び水先人(会)長並びにフィンランド海事庁首席海事検査官であった。
スウェーデン領海内で発生したのでスウェーデンの海事関係者を調査に参加させ、報告書を英文にしたというのであるが、IMOにおける海難調査についての決議(A.637(16))との関係は明らかでない。又、具体的な調査参加の状況も同事故報告書からは窺えず、不明である。但し、証拠のなかにスウェーデン海事庁ストックホルム海事調査部の「1995年1月13日3時35分フルソン海峡スッカテン付近で乗り揚げたシリヤヨーロッパに関する予備報告書」(スウェーデン語)があり、証拠の利用が相互に容易であったことが感じられる。
シリヤヨーロッパの乗揚事故は、重大事故調査委員会による事故調査が行なわれたこと及びスウェーデンの関係官を参加させたことのほか、ドイツのブレーメンにある航海計器メーカーの工場に調査委員会として出張調査をしていること、すなわち、政府機関が外国に赴いて調査を行なったことが特筆される点であって、フィンランドの海難調査体制を理解する格好の材料と期待したが、事故調査局が設置される前に発生しており、時期的に不適当で、得るところが少ない結果となったのは極めて残念なことであった。
2 フィンランドにおける海難調査の国際協力化の現状
エストニアの転覆事故の結論からいえることとして、次の意見を聞くことができた。
[1] 使用言語については、各国語間の意味の不一致の問題が起こりやすい。 (英語を使用して排除することができた。)
[2] 調査組織が大規模化しやすく、又調査範囲の競合が生じやすい。(それらの処理も容易でなかったという。)
[3] 国家間の情報公開の差異による情報管理の困難性がある。
[4] ある国の事故に関する管理体制等の不備が明白なときは共同調査が一層困難になる。
VII 結語
フィンランドの海難調査の特色は次のようにいえよう。
[1] あらゆる分野の重大事故及び運輸の3モードの事故(それらのインシデントを含む。)について事故調査をする。
[2] AIBは事故調査のセンターである(調査自体及びその組織を支援する。)。
[3] AIBは法務省と連携して業務を行なう。
[4] 重大事故は内閣が、その他の事故はAIBがそれぞれ調査委員会を組織して調査をする。
[5] 事故調査には警察及び裁判所の協力を得る。但し、法12条(裁判所からの行政協力)第1項の規定は、行なわれたことがないという。
[6] 調査において公聴会に替わる関係者(労働組合代表者を含む。)対策をとる。
[7] 重大事故の調査報告書は内閣に、その他の事故調査報告書は法務省に提出する。
[8] AIBに事故調査のための国際協力の確保を命じている。
[9] 海難並びに河川及び湖沼における船舶事故を水上交通事故と総称している。
[10] 海事庁の懲戒処分が早く行なわれ、その資料が水上交通事故調査に利用されている。
最後に、訪問調査において残念に思ったことを記して今後の参考に資したい。それは、次のようなことについて得ることが少なかったことである。
[1] 調査の実態について、手続き的に具体的で詳細に知りたいと思うことが思うように果たせなかったことである。イギリスの海難調査局(MAIB)は、手引書を提供してくれた。原語であっても、手引書の入手ができたらと思う。
[2] 関連する問題(海技資格及び民事・刑事の処分について)に対する解説が十分でなかったことである。管轄外ということからであると感じられた。適当な参考書を紹介して貰うべきであったと考える。