4 懲戒処分
アメリカ合衆国における船員個人の免許証、証明書又は文書は、行政訴訟(administrative actions)によって停止又は取消の処分が行なわれるのであり、これに関係する法令は、合衆国法典第46巻第77章(停止及び取消)及び連邦規則集第46巻第1章第5款(海事調査規則-人的訴訟)である。
本節では、両規定によってこの行政訴訟の手続について概説する。(連邦規則集第46巻第1章(A節)第5款は、46CFR の1999年版において大幅に修正されている。)
なお、船員個人の免許証、証明書又は文書について、次のように分類して規定されている。
a 免許証:船長、航海士、機関士、水先人、オペレーター及び無線通信士に対するもの(46 U.S.C.7101c)
b 証明書:事務長、船医及び専門看護人に対するもの(46 U.S.C.7101f)
c 文書:F編(船舶乗組員の配乗)に関する文書(46 U.S.C.7102a) この節では、船員の免許、証明又は文書を「免許証等」ということにする。
(1)法令から見た免許証等の処分
免許証等の処分は行政訴訟の結果として行なわれる。ここでは、行政訴訟の目的、手続等を述べる。
[1] 免許等に対する行政訴訟の目的
免許等に対する行政訴訟の目的は、性質上救済的であり、刑罰的ではない。
これらの訴訟は、適格性に関する基準維持の援助及び海上安全の増進に不可欠な指導を意図する(46 CFR ch.1§5.5)のである。(46 U.S.C. 7701aの規定も同旨である。)
[2] 聴聞について
聴聞(hearings)は、行政手続法(Administrative Procedure Act)(5 U.S.C. ch.5)による要式判断(a formal adjudication)の形式であり、行政法判事(Administrative Law Judge)による排他的管理の下に行われる(46 CFR ch.1§5.501)。
[3] 行政法判事について
聴聞を行なう行政法判事とは、次のものをいう。
a 行政手続法(5 U.S.C. 556(b))によって長官に指名されるものである(46 CFR ch.1§5.19a)。
b 合衆国法典第5巻第551〜559条による聴聞において(省)長官が発行する免許証、登録証明書又は商船員の文書について停止又は取消をすることができ(46 U.S.C. 7702a)、危険薬物の使用者又は依存者等であることが聴聞で判明した者の免許証、証明書又は文書は取消が求められている(46 U.S.C. 7704b)。
c USCGが航行法又は海事法により個人に発行する免許証、証明書又は文書につき、訓戒(admonish)、保護観察付又はなしの停止(suspend with or without probation)若しくは取消(revoke)の権限を持つ(46 CFR ch.1§5.19b)。
しかし、行政法判事の審決官としての権限は、所属行政庁の長に対して事実認定を含めて決定案を勧告するに止まる。
行政法判事は、連邦行政官であって、人事管理局が公募選抜した者のなかから各行政庁が任命する。その職権行使の独立制が人事管理局からの俸給支給、罷免等についての制限等によって制度的に保障されている。1946年に制定された行政手続法において審判官(examiner)と規定され、その後聴聞審理官(hearing examiner)と改称され、1972年以降現行名称が用いられている。
USCGの行政法判事の配置は、本部及び管区に分かれるが、その詳細は調査していない。任命数は、1984年に11人という記録がある。
[4] 聴聞の手続
連邦規則集第46巻第1章(A節)第5款の規定のうち、免許証等の停止及び取消に関する手続規定は、46CFR の1999年版において「暫定廃止」になっている。すなわち、調査官の聴聞への関与に関する規定が削除されており、46CFR ch.1には聴聞手続に関する規定がない。
[5] 処分言渡後の手続等
a 行政法判事の処分(disposition of the case)の言渡には命令(order)が含まれている。命令には、訓戒、保護観察付又はなしの停止若しくは取消があり、直接免許証等に作用する(46 CFR ch.1§5.567)。
但し、首席行政法判事(G-CL)は、聴聞を指揮した行政法判事の決定書及び命令書(written decisions and orders)を審査する(46 CFR cb.1§1.01-20c4)。
b 当事者は、行政法判事の決定について、条件付(内容は省略する。)であるが、上訴(appeals)をすることができる(46 CFR ch.1§5.701)。
c 長官による審査(review by the Commandant)が行なわれることができる。長官は、立証済みが認定された行政法判事の決定に対し、手続なしに提案して差戻し又は、行政法判事の決定を上回らない内容の決定をすることが出来る(46 CFR ch.1§5.801、§5.805a,b)。
d 長官の決定に対してはNTSBへの上訴(appeals)が認められる(46 CFR ch.1§5.713)。
(2)免許証等の処分の実際
最近のUSCGにおける船員懲戒の処分状況に関する資料は見当らない。
財団法人海難審判協会機関誌「海難と審判」第54号(昭和53年11月発行)及び第55号(昭和54年2月発行)掲載の横浜地方海難審判庁審判官(当時)の「海難原因調査と船員懲戒手続」(山内辰彦)による船員の懲戒に関する1977年度取扱状況は、次の通りである。(但し、用語を統一のため一部改める。)
調査官の調査件数:3,559件(うち海技及び水先免状受有者関係:743件)
海技及び水先免状受有者に対する起訴状送付:132件
海技及び水先免状受有者に対する行政法判事の聴聞:132件
(棄却:35件、訓戒:21件、保護観察付停止:32件、停止:13件、保護観察付停止及び停止(併合):26件、取消:5件)
参考までに、上記に対応するわが海難審判庁の当時及び最新の取扱状況を示せば、次の通りである。(海難審判庁「海難審判の現況」による。)
区分 |
昭和52年 |
平成12年 |
審判開始申立 |
906件 |
796件 |
海技免状及び水先免状の処分(合計) |
1,080人 |
1,131人 |
内訳 |
取消 |
0人 |
0人 |
業務停止 |
103人 |
104人 |
戒告 |
316人 |
927人 |
不懲戒及び懲戒免除 |
319人 |
100人 |
5 国際協力
(1)本部(関係部署)の見解
訪問調査時の同課のIMOの決議
A.849(20)「海難及び海上インシデントの調査のためのコード」による「海難調査の国際協力」をすることについての意見は次のようなものであった。
USCGは、海難調査の現状を変更する必要はまったくないとし、その理由を次の2点にあると述べた。
[1] 調査機関(調査官又は海事調査委員会)が強制権をもって海難調査を行ない、公開を前提とする報告書を作成していること
[2] 海難関係人に対する懲戒処分は、免許証等の発行の可否に関することとして別途行なっている(行政法判事の聴聞によって決める。)こと
合衆国の海難調査は、商務省が船員の免許証等を発行していたとき、船員懲戒のために行なっていたが、1934年に発生した海難の処理を契機として、海難の多面的調査を目的とする調査を先行する方式に変更し、USCGが商務省から免許証等の発行権を継承した際、海難調査の方式も継承して今日に至っている。USCGとしては、この調査先行方式を改善する必要性が認められないということであろう。
(2)国際協力の事例
「機船ヴァリアント(M/V Valiant)乗揚状況調査報告書」によって国際協力の事例を見ることにする。
機船ヴァリアント(タンカー、総トン数4,415トン、合衆国フィラデルフィア船籍)は、平成10(1998)年7月18日岩国入航にあたって乗り揚げた。その調査は、極東司令部所属の調査官によって行なわれ、その際に当時乗船していた日本の水先人の陳述書が日本側から提供された。
公表された表記の調査報告書は、日本側からの文書提供について、IMO A.849(20)決議の精神で(in the spirit of IMO Resolution A.849(20))日本側と協力して入手したと記載している。
アメリカ合衆国の海難調査は、1934年に発生した旅客船モロキャッスル火災の処理問題を契機に海員懲戒制度から海難調査制度へ転換し、海難を一つの調査(但し、現在はUSCGの調査官又は海事調査委員会並びにNTSBの3通りがある。)で原因究明のほか、船員等の懲戒等に利用している。第1回のアジア地域海難調査機関会議における各国の海難調査制度の紹介講演において「合衆国の海難調査」では、「非常に深刻な事故の場合、合衆国検察官は海難調査で得られた証拠を刑事事件で使用できる。そして、コーストガードは民事責任について調査しないのであるが、弁護士は、しばしばコーストガードの海難調査を民事訴訟の訴訟手続の基礎として使用している。」(「海難と審判」第128号、「アジア地域海難調査機関会議」)と述べている。
このような状況が3分の2世紀も続いている(NTSBを除く。)のであり、IMOが報告を求めるような海難は、現在ではNTSBが中心になって調査しているようであって、今後もこのままの状態で推移することになるものと思われる。すなわち、IMOA.849(20)決議「海難及び海上インシデントの調査のためのコード」が求める海難の国際的共同調査において、アメリカが調査主導国になる場合は、USCGが関係国に通知をし、NTSBがこれを勤めることになるものと思われるのである。
(年表)
1776.07.04. |
アメリカ合衆国の独立宣言採択 |
1788.06.21. |
合衆国憲法発効 |
1789.08.07. |
灯台部創設 |
1789.09.02. |
財務省創設 |
1790.08.04. |
税関監視船部創設 |
1793.03.27. |
海軍創設 |
1798.04.30. |
海軍省設立 |
1848.08.14. |
人命救助部創設 |
1852.08.30. |
汽船検査部創設 |
1884.07.05. |
航行局創設 |
1903.02.14. |
商務労働省設置(汽船検査部及び航行局が財務省から移管) |
1913.03.04. |
商務労働省を商務省及び労働省に分割(汽船検査部及び航行局を商務省所管とする) |
1915.01.28. |
沿岸警備隊設立(財務省所管、税関監視船部及び人命救助部の合併による) |
1917.04.06. |
沿岸警備隊の海軍省移管(同日対独宣戦布告) |
1919.08.28. |
沿岸警備隊を財務省に戻す(06.28独講和条約調印) |
1932.06.30. |
航行汽船検査局新設 |
1936.05.27. |
海事検査航行局新設(航行汽船検査局を廃止)及び海難調査委員会創設 |
1939.07.01. |
沿岸警備隊に灯台局(旧灯台部)併合 |
1941.11.01. |
沿岸警備隊の海軍省移管(12.08.対日宣戦布告) |
1942.03.01. |
沿岸警備隊に海事検査航行局臨時併合 |
1946.01.01. |
沿岸警備隊を財務省に戻す(1945.09.02.日本降伏文書調印) |
1946.07.16. |
沿岸警備隊の海事検査航行局併合 |
1967.04.01. |
運輸省新設及び沿岸警備隊を運輸省に移管 |
(参考資料)
USCGの海難調査
1 United States Government Manual 1998/1999,2000/2001
2 A Historical Guide to tbe United States Government
3 A Guide to the Sources of U.S. Military History Supplement II, Archon Books, U.S.A. 1986
4 United States Coast Guard Annual Report 1998,1999.
5 海難原因調査と船員懲戒手続(山内辰彦)(「海難と審判54,55号」(財)海難審判協会発行)
6 海難原因調査と船員懲戒(山内辰彦)(「海難と審判56,57,60,61号」(財)海難審判協会発行)
7 海難審判法研究報告書(その1)−「グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国、アメリカ合衆国、ドイツ連邦共和国及びフランス共和国の各海難審判制度についての調査研究」(平成3年5月(財)海難審判協会発行)
8 Shipwecks (D.Ritchie) Facts On File, Inc. U.S.A 1996.
9 Wrecks, Rescues, and Investigations: Selected Documents of the U.S. Coast Guard and its Predecessors (Bernard C. Nalty, Dennis L. Noble and Truman R. Strobridge)Wilmington, Del., 1978.
10 海難審判法研究報告書「海難及び海上インシデント調査のためのコードについての調査研究」(平成11年3月(財)海難審判協会発行)
11 IMO決議A.884(21)1999.11.25採択「海難及び海上インシデントの調査のためのコードの改正」(平成13年3月(財)海難審判協会発行)
12 アジア地域海難調査機関会議(「海難と審判128号」(財)海難審判協会発行)
13 第3回アジア地域海難調査機関会議(「海難と審判134号」(財)海難審会行)
14「世界の艦船第562号」(特集・アメリカ海軍)(2000年1月号)株式会社海人社発行
15 Collier's Encyclopedia vol.8 (1995).
16 74th Congress, An Act (Chapter 463)May 27.1936.
17 79th Congress, Reorganization Plan No.3 of 1946.
Part I. Department of the Treasury (Dec. 20.1945).
18 Marine Casualty Investigations in the United States (Paper by Capt.
Joseph P Brusseau, USCG. The Asia Regional Marine Accident
Investigation Meeting, 20-23 Oct. 1998).
19 Marine Casualty Investigations in the United States (Paper by Lieut.
Commander Hung M.Nguyen, USCG. The Third Asia Regional Marine
Accident Investigators Meeting, 24-26 Oct. 2000).
20 Investigation into the Circumstances surrounding the Grounding of the M/V VALIANT USCG.
21 Title 14 of the United States Code,entitled‘Coast Guard'.
Title 46 of the United States Code,Chapter 77-Suspension and Revocation.
22 Title 46 of the Code of Federal Regulations, entitled‘Shipping' Chapter 1-Coast Guard, Department of Transportation.
23 行政審判官論(中川正直)(「現代行政法体系 7行政組織」昭和60年(株)有斐閣発行)
以上
(伊藤喜市委員執筆)