だから、世界の生物資源の量とは全然違うわけですね。だから、それで生物の地球上のどうこうとか、多角的にどういうことというのは総合の学習ではない、という例をお話すれば皆様気付かれて極端な例を言いましたけれども、総合の学習の持つ怖さというのは、アプローチ、或いはリーダーとしての先生の姿勢にかなり大きく依存している。プログラムをつくる以前の問題となる。実はテーマがですね、海を含めて、水、川ですが、先ほどのアンケートのように現場にあまり行っていらっしゃらないとしたら、誰がいい、協力を頼みたいという意向が必ずおありになる。よし上手くいったら、今度は木村先生のところにE−mailを送ろうとか、西田先生のところに植物の話を聞きに行こうとかですね。そのようなことは必ずある。では、どこまで総合の学習といって外部からのソースを利用するかは、これは非常に重要なことだと思うのですね。1人の力で、しかも専門が違ったりすると非常に難しい。ただここで2つ私が言いたいことは、先生方の自分の大学、その他でこうメージャーにしてこられた専門以外のことをやられるのが、総合の学習としてすごく良いと思うのですね。専門のところを深めてしまったらたぶん世の中でいう専門バカ的にですね、イージーなところへ、イージーなところへいって、あまり総合的でないところへいってしまう。しかし、決して悪くはならないと思いますが。むしろ先生たちの能力は子どもたちよりも、遥かに上であることは失礼ながらあたり前のことですから、子どもたちが理解する上に先生たちの理解力が上にあればですね、どんなテーマをとっても子どもたちに対して説明責任のある答えがでるはずです。そのことは非常に重要だと思って、私は多少、どうも教師の説教調みたいになって、いつま゛たても言ってしまって恐縮なんですが、その時ですね、博物館利用ということを文化庁が言ったり、文部科学省が言ってるんですが、ここらあたりは非常に慎重にしなければならない。生涯学習時代になって文部省の中に博物館担当の係ができてしまった。日本の文部行政の中で、はじめての人が置かれました。1人2つくらい、展開して忙しいんですけど、そういうのがあって博物館は今、国の補助を受けてずこく色んなことをやって、ハンズオンだとか、親しむだとか、色々やっていますが、考えてください。6,000の博物館が、だいたい高等専門学校以上の高等学習の施設が6,000ですから、大体どこの都市にもある。