日本財団 図書館


なぜか。日本にはそれを適用する法律がないからだというのが、敗訴の根拠になっています。こんなばかなことあっていいのでしょうか。僕は残念ながら、今の医療体制にも文句は言いたいし、文句言うだけじゃない。私たち患者、家族がそういうつらい思いをみんなに訴えて、それを積み重ねて一歩一歩でも前進できる。それが医療をよくするということにつながると僕は信じて、この運動を20年やっています。

そして、最後にはホスピスがちゃんと受けていただけるなら、ガンも怖くない。死も怖くない。そういう患者、家族の発言こそ、僕は今一番大事なことではないかな。こういう冊子をあいちホスピス研究会で作りましたが、全国から寄せられた18500通のお手紙の中から、168通を選んで載せたものなのです。ここには本当に切実なお手紙が載っています。ここでご紹介する時間はありませんけれども、先ほどの講演の中で、柏木先生は結婚記念日に死について話し合うというお話は、たいへんいい提案だと僕は思います。この冊子、「死と向き合う」という題を私がつけたのですけど、こういうものを手にしたときに、ご家族、あるいはお孫さんと読んで話し合うきっかけに使って欲しいというのが、密かな念願で編集しました。こういうものを読むことは、他人の話なのです。だから割に気楽に読めます。でも全国にこれだけの人が、こんな思いをしているということが、ひしひしと伝わってくれば私たちは、本当の患者になる予備軍ですが、連帯感を持ちますね。患者同士、家族同士の連帯感。決して文句ばっかり言う患者にはなりたくないのですね。一歩一歩でも医療を良くする患者になりたい。そういう思いで、ぜひこういう機会に勉強していただいたら、私たちが発言をしていこう、運動だろうと、私は今も思ってやっております。ちょっとお答えにはならないかもしれません、言いたいことばっかり言わせていただいてすみません。

 

松島:ありがとうございました。医療に注文をつけるばかりではなく、受ける側もまたそういう意識を、ということもまた大事なんだなということが確認されたように思います。久保山さん何か。

 

久保山:死に対して忌み嫌うって昔ありましたように、私たちも小さいときはそう思いました。緩和ケア病棟で経験していくうちに、先ほど柏木先生もおっしゃいましたけど、自分がどんな亡くなり方をしていきたいかということを模索しているところでもあるんですね、私たち自身は。いろんな患者さんやご家族の方の思い出もたくさんありますし、本当に話させていただいたら、1日ぐらい語ってしまうのですけど、とても印象的で、私もこういったふうな亡くなり方してもいいのかなあと思ったのは、ある内科医の方でした。肺がお悪いので、本当にしんどくって、お部屋の中にトイレがありますけれども、トイレに行くにもふうふう言いながら、酸素のチューブを長くつないでトイレに行かなきゃいけない。トイレから帰ってきてベッドに上がるまでに、まず呼吸を整えなきゃいけない。そういった患者さんがいらっしゃいました。

その患者さんは、だんだん呼吸も楽になると、今度外に目を向けて、子供と家族と僕は時間を作りたい、思い出を作りたいのだとおっしゃいました。六甲山牧場に親子4人でお食事に行ったり、あるいは大阪のシンフォニーホールにコンサートを聴きに行ったり。その患者さんは、クラシックがとてもお好きでしたので、毎日お部屋の中ではモーツァルトの音楽を聴いてらっしゃいました。何回も何回も外泊を繰り返す中で、とうとう最期の日がやってきまして、自分でもこれ以上外泊は無理だと思って、1日早く帰ってみえました。そのとき私と受け持ち看護婦と医師とが病院の玄関にお出迎えに行ったときには、「先生、十分生きました。逝かせてください」とおっしゃいました。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION