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3. 5月6日にF市に引っ越すことに決定。

引きこもり状態の患者が、安全な巣を離れ、未知の世界に飛び込むことは簡単にできることではありません。本人の病気を早く治そうとする姿勢にほかなりません。俗に母親のスカートの中の子といわれる子どもたちは、外界に強い興味を持ち、外へ出て行くことを渇望しますが、実際にはなかなか実行できず、その不満やエネルギーを内に向ける場合が多いようです。

 

〔III〕下宿開始から大検合格まで《5月〜7月》

両親がボランティア活動を通して知り合い、結婚したことからも、道徳的観念が強く、社会に対して「正しい行為ができる人間でありたい」という希望を持って子育てに取り組んできたようである。本人も幼少時から、積極的でリーダーシップの取れる模範的な子どもとして、両親の期待を担ってきた。とりわけ、小学校から中学の中頃までは負けず嫌いで、目的に向かって突き進む子どもであった。そして、それなりの結果も出すことができたと思われる。当然両親の自慢の子どもであった。が、実際には、高校受験を控えた頃から、がむしゃらにがんばるべきだとする自分とがんばっていない現実の自分との差を意識し始め、自分が評価される場面に出会うと、不安・緊張が生じ、失敗に対する回避傾向が強くなっていったと考えられる。そして、子どもの行動に歯がゆい思いをする父親と、日常的に不安状態になる本人との間で家庭内葛藤が生じているのが現状である。

1. 指導計画とその経過

・不安階層表の作成=SUD(注2)(自覚的障害単位:subjective units of disturbance)

面接時に不安・緊張を感じる場面を書き出し、最も緊張する場面を100、最も緊張の少ない場面を0とするSUDを作成。

主訴で取り上げた不安や恐怖発作および対人恐怖症を、現実脱感作療法(注3)で消去し、不安・恐怖と拮抗する反応として、自律訓練法を導入。

・学習指導において、モデリング療法(注4)(modeling therapy)の併用を試みる。

得意科目の数学から学習を進めると同時に、大検受験を目指し、心身共に充実してがんばっているA子さんの行動をモデルにさせ意欲と自信をつけさせた。

・大検受験科目を数学、英語、化学、地学、日本史の5科目とする。

 

(注2) SUD 患者の不安反応を数量化したもの。

(注3) 現実脱感作療法 SUDを利用した療法。ふつう恐怖症等の不安障害に適用される。患者は弛緩した条件下で、まず不安階層表の低強度の刺激に実際に直面させられる。本書の例(次ページ、不安階層表)でのj、kの実行である。そして患者の不安が消失したら、より強度の刺激が提示され、最大刺激(本書の例ではa)での不安が消失するまで治療が進められる。

(注4) モデリング療法 モデル(手本)の行動を観察することで、新しい行動パターンを学習させ、患者の行動を変容させていく療法。

 

 

 

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