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父方の家族は昔ながらの考え方が強く、女性はあまり自己主張すべきでないなどの古い価値観や宗教的(奉仕の精神や年長者や先祖を敬うべきという)価値観が強く、A子の気持ちにあまり注意を払ってこなかったため、A子はますます良い子でいなければならなくなったようだ。カウンセラーや適応指導学級の教員、治療的家庭教師など、家族とは異質の価値観を持った大人と接する経験により、A子は自分の気持ちや考えを表明してもよいことを学び、新しい価値観を作り始めた。

全体に茫洋とした中で、兄の病気が最も大きな関心事であったA子の家族は、A子という個の成長発達に注目したり促進的にかかわったりしてこなかった。が、イジメを契機にした不登校によって、初めて彼女に注目することになった。同時に茫洋とした状況から抜け出して、それぞれの個を、ある程度確立していくことが重要なことであるという発見もした(兄自身が、後遺症をどのように認識し、制御していくかも、それまでは医師任せだった)。家族の潜在的な課題に気づき、それらをひとつひとつクリアしていったことで、家族全員が新しい価値観と行動様式を獲得したことが、思春期の自己確立のテーマを持っていたA子の成長に大きな影響を与えたと考えられる。視点を変えれば、家族全体が思春期のテーマを遂行したと言えるかもしれない。

このように、家族全体のダイナミクスの変化が個の問題解決に必要であると同時に、逆に個の提出した問題が、家族の成長を促すとも考えられる。その際、外部の全く異なる視点が持ち込まれることが、重要な転換点をもたらすと言える。援助者であるカウンセラーや教師、ソーシャルワーカーなどは、彼らのモデルであるとともに、彼らが自らを知るための鏡のような役割を担うものと考えられる。この機能を十分意識するとともに、その家族や個人がもともと持っている価値観を無理やり壊さない配慮が必要であると言える。無理やり壊される体験は、外傷体験の繰り返しになるだけである。この事例において意識したことは、元来の傾聴のみを重視しすぎるカウンセリングから、心理教育的要素(ガイダンスやコンサルテーションも含む)の割合を増加させることであった。

 

 

 

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