つまり、海では売れないと言われたんです。私は驚きまして、「日本は四面環海の国じゃないか。海という字をつけたら売れないのは誤解ですよ」と言いましたら、それが誤解じゃなかったんですね。船橋聖一というあの大流行作家でさえ、一番売れない作品は『海の百万石』だと言うんです。それを聞いてショックを受けまして、タイトルを変えました。だけど、こんなばかな話はありません。日本で海というタイトルをつけると本が売れないのは、ジンクスで事実だったんです。それで、ずっとそれ以来、私の心の中に、そのことがわだかまりになって残っておりました。長編小説というのは、これは一冊で勝負ですから、出して売れなければ本屋に大変な迷惑をかけます。長編小説がだめでも短編であれば、雑誌の中の一つですから、少々損をかけてもいいだろうと思って、もう何でもかんでも短編に「海」というタイトルをつけてみました。例えば『モンゴルの海』です。モンゴルに海があるわけないですが、『モンゴルの海』というタイトルをつけました。その他に『海の挽歌』『江戸の海』など、三十本から四十本の短編に、「海」というタイトルをつけております。ひとつは意地になっていたんです。
ただ、意地になって書くうちに、意地を張るわけにはいかないと思い当たることが随分出てきました。二十年ぐらいたった頃に、ようやく私に大きな新聞連載のチャンスが来ました。