【清野】 ここに落ちている岩には、いたるところに「模様」がありますよね。この岩には地質学的過去と現在が共存しています。これは生物があけた穴に、あとからほかのものが溜って穴の痕跡が模様となって残っています。干潟や海底に生物の棲む穴がありますが、それがこういった痕跡になって残っているんです。この岩塊はまさに、干潟だとか海底の生き物が穴を掘った痕跡がそのまま残っています。また、丸い穴が開いていますが、これはボーリングシェル(穿孔貝せんこうがい)の穴です。これは房総の地質が柔らかいから、こうした貝がこれだけの密度で棲めるんですね。ところがコンクリート護岸にしたり、あるいは、さっき見たような花崗岩を入れてヘッドランドを造ると、こういう貝は穴を開けられません。そこの地質に合った生物が棲めるわけです。
これは非常にいい状態の化石で、形もそのまま保存されています。一方で化石というと、貝殻とか動物の体だけに名前がついていると思う人が多いと思うのですが、生痕化石といってすみかの跡にも名前がついています。昔の先生は結構洒落っ気があって、学名でマガリクネリスという名前を本当に付けていて、日本人にしか、そのおかしさがわからない学名があったりします。
ここにも漂着物がたくさんあっておもしろいです。これはエボシガイです。関東近辺では、外房や相模湾とか、外洋の海水が入って来るようなところでよく拾うことができます。エボシガイは外洋に生息するフジツボの仲間で、よく海の表面を漂流している流木とかゴミとかに付着しています。流木というのは海の生き物たちにはとても大事なもので、こういう流木の周りには、1つの生態系みたいなものができるのです。養殖用のブリというのは、稚魚を海からとって来るのですが、こういう流木や、流れ藻の周りにはたくさんの稚魚が付きます。稚魚はこういう付着生物をついばむようにして大きくなって行きますが、このように1個流木が浮くだけで、その周りに小宇宙ができるというか、1つ生態系ができるのです。ですから、人間にはゴミのように見える流木でも、生き物たちにとっては大事なものなんですね。よくウミガメがつかまっていたりとか、アゴ乗せしていたりとか、そういう流木というのは、カメの枕ということで本当に特別な流木になるのです。