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「貝のあな、みえたんか?」

ぼくは大声でさけんだ。

「今日は水がすんどるで、あながようみえたぞ。このへんいっぱいや」

にいちゃんは、右手を水面にまわした。

「よかったなあ」

ぼくはもういちどさけんだ。

にいちゃんは、三年生のときから、じいちゃんの船にのったり、首まで海につかってじいちゃんとならんで、爪先で貝をさぐることをおぼえたんだ。

ぼくも、三年生になったら、じいちゃんといっしょに、海へ入るつもりやったのに…。

 

にいちゃんが貝をさぐっているあいだ、ぼくはせまい砂浜で、イソガニやフナムシをおいかけたり、小さいトビハゼをつかまえて、バケツのなかであそばせていた。

砂浜は石やブロック、テトラポットでいっぱい。カモメの群れは、ゆったり飛びかっている。遠くに漁船がひとつうかんでいた。

ないだ海は、砂浜によせる波の音もない。波けしブロックのあいだによせる波だけが、ちゃっぷん、ちゃっぷんと音をたてている。

こんなにしずかな海でも、しけるとこわい。海にめんしたぼくらの家は、雨戸をしめても潮水がふきこんで、かわくとガラス戸が塩で真っ白になるときもあるんだ。

空にはいつのまにか、いわし雲がういている。

「にいちゃん、ほら、いわし雲」

ぼくはさけんだ。にいちゃんは空をみあげただけ。

「おーい、にいちゃーん、貝とれとるかー」

ぼくはおもいっきり大声でさけんだ。

 

 

 

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