そのマチ子が海から見たと言う。
海がしずかな夜に、目の前にうかぶ小島まで泳いだのだそうだ。そのとき、海から見たと言う。
「あたしはあんなおそろしげなもん、二度とよう見ん。まゆ毛がない。そいで鼻は穴だけ。目ばっか人の倍もあってさ。ああ……やだ、思い出すのもいやだ」
マチ子はほかにもいっぱいいろんなことを、やだやだ、ああやだと言って、また島からいなくなった。
そのあと、オジンのうわさはちっともひそひそでなくなった。
「あん人に近づくんでないよ。うっかりリッキーを浜に走らせてやってたらウラタのオジンが浜にいたさ。月夜だったからね。あんなに人なつっこいリッキーが、寄ってかないってのもめずらしいと思って見たら、オジンさ。ぶつぶつ一人でしゃべくってたよ。呪文じゃないだろうね」
「なあんも。あん人は、海神と話しができるちゅうことだよ。オジンの顔が向いとる方へ舟を出すとかならず大漁じゃてよ。男衆が話しとるで。だもんで、舟出す前の晩が月夜だと、きっとだれもかれも後ろから見に行くんじゃと」
「いんや、あんなぁ、うちゃだれにも言わんかったことじゃけんど、あのウラタのオジンは霊力があるんぞ。あの背中に願い事をしてみいや。五年も音さたなかった保が、その翌日、宅急便を送ってきたがぞ。びっくりしたわぁ。元気にやっとるんかだけくらい知らせて欲しいよ……そう思って堤防からぼんやり海見てたらさ、ウラタのオジンの浜の火が見えてよ、思わず拝んどったんだわ。こう手、合わせてな。そしたら、きたさ。翌日じゃぞ。五年もなぁんも言ってこんかった子がぞ」
「けんど、そばまで行っちゃぁなんねえぞ。たたりがあるかもしれんでな」
うわさは島じゅうにしみていった。