太一たちの島には、めったに知らない人はこない。観光名所もなければ、旅館もない。ウラタのオジンは、村で唯一の“知らない人”だった。
オジンがいつきたのか、なぜきたのか、どこで寝泊まりしているのか、島のだれ一人知らなかった。
オジンに昼間出会ったという人は一人もいない。見たという話しは決まって“月のある晩”か“満月の夜”にではじまるのだった。そして、それはぜんぶ「浜で……」だった。
「満月の晩によ、浜で火をたいて、じっと海の方を見てあぐらをかいちょる」
その姿を見たという人たちは、
「ありゃ、げに人間かよ。後ろにたばねた髪は、すわっちょるしりまでも届いちょって、まっ白じゃ。着ているものも洋服じゃねえんだ。むかしの綿入れみてえで、どう見たって今ふうじゃねえ」
と同じことを言った。
髪は月夜の浜辺のうす暗がりでもまっ白だとわかるのだそうだ。なのに、その体つきはがっしりしていて、どう見ても年よりには見えないのだそうだ。
本物の浦島太郎を見た人がいるわけはなかったけれどそのうち、「浦島太郎のおじさん」は消えたか、まだいるかというのが島のあいさつのようになった。
ウラタのオジンと言えば、島のだれにでも通じた。
そして、ただ一人ウラタのオジンの顔を、正面から見たというものがあらわれた。
それは、赤根屋のマチ子だった。
島の中学校を出てすぐに大阪へ飛び出て行った派手好きな子だった。ずっとかえってこなかったのが、この間の祭りにまっ茶々の髪と青色のコンタクトとで帰ってきた。島にガイジンさんがきたと大さわぎになった。