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「イサム、しっかりつかまってろ!」

二、三秒後、あるいは四、五秒だっただろうか。こんどは数倍もある波しぶきがあがった。船のはばよりも大きい白い尾(お)びれが波をたたく。サメは海中へもぐった。衝撃(しょうげき)とともにへさきが横へひっぱられた。はげしくゆれ、ぐんぐんひっぱられた。

波がくだけ、バケツの水をひっくりかえしたようにたてつづけにかぶさってきた。ずぶぬれだ。もう目をあけていられないくらいだ。ぼくは風の強い日にヨットで波をかぶった経験はあったから、それじたいはべつにこわくはなかったが、それにしてもサメにひっぱられているというのがすごく気味わるかった。いつ船がひっくりかえされるかとひやひやしどおしだった。夕がたになり、夜になってもサメはロープをひく力をゆるめなかった。

「ちくしょう、くたばれ!」

けんめいにロープをひき、船のバランスをとる父さんの手も血だらけになっていた。

 

*

 

暗い海底に、白い大きなかたまりがしだいにはっきりとみえてきた。それでもサメは、まだ力をのこしていた。空には月がでていた。

白いかたまりは段々と海面にあがってきた。それが手のとどくところまでちかよってきたとき、父さんはなたをふりあげ、サメの頭を思いきりガンとうった。白いサメはさいごの力をふりしぼるようにはげしくあばれた。必死に船のバランスをとった。そのあいだに、父さんはロープをひきつめ、なんどもなたをふりおろした。あたり一めんが、まっ赤な血にそまった。

 

 

 

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