父さんはひとりごとのようにいい、タバコをいっぷくつけてから、麻(あさ)ぶくろをひらいた。なかからは大きな豚肉(ぶたにく)のかたまりがでてきた。それをぼくのうでぐらいもあるでっかいつりばりにつけ、海になげ入れた。
「さあ、やつと根(こん)くらべだ。おまえはいまのうちに寝てろ。やつがきたらいそがしくなる」
ぼくは少し船酔(ふなよ)いしていたので、そこ板(いた)につかまってからだをちぢめ、しばらく寝ていた。それから何時間くらいたっただろうか。父さんがぼくの足をゆするのでハッとおきた。
「きたぞ、やつがきやがった。いいか、おまえはしっかり船をつかんで手をはなすんじゃないぞ。たとえひっくりかえってもぜったいに船からはなれるんじゃないぞ」
父さんは低い声でいうと、太くて長いもりをもって身(み)がまえた。おそるおそる海のなかをのぞいてみるとクジラのようなでっかい白いかたまりがゆったりとゆれていた。まちがいなくサバニよりも大きいホオジロザメだった。完全にえさにくいついているようだ。心臓(しんぞう)がドキドキし、のどがかわいた。
ふりむいた。父さんはぐんと弓なりにからだをそらせ、長いもりを海になげつけた。しゅん間(かん)、バシンと波しぶきがあがった。船がぐらっとゆれた。父さんはもりのロープを船のへさきにひっかけ、足をふんばってさけんだ。