「うそだ。父ちゃん、あのサメをやっつけにいこうとしているんだろう。だめだよひとりでいっちゃあ、こんどこそ死んでしまうよ」
父さんはサバニの舷(げん)に右手をのせ、少しうつむきかげんでひとりごとのようにいった。
「いいかイサム。男にはな、一生にいちどはじぶんのいのちをかけてでもやらねばならんことがあるもんだ。そのときは、左うでがないからとか、子どもがいるからというようないいわけは許されん。おまえもいつかおとなになったらわかるさ。とにかく、父ちゃんはかならず帰るから、おまえはうちへ帰っていなさい」
父さんはそういい、とうとうサバニを海におろした。ぼくはもってきたセールバッグを船になげ入れていいかえした。
「だったら、ぼくにとっても一生にいちどのことさ。子どもだからっていいわけは許されないんでしょう」
父さんは、ぼくがいつこんなおとなのような口のききかたをするようになったのかと、おどろきの表情でジッとぼくの目をみた。だが、ぼくがへんじもまたずにヒョイと船にとび乗ったのであきらめたように苦笑し、いきおいよくエンジンのひもをひいた。
あけがたのまだうす暗(ぐら)い海に排気音がなりひびく。サバニはぐんと船首(せんしゅ)をもちあげ、白波をけって走りだした。