―やはりストレスが原因なんですかね?
「そうです。苦しみはヒトと一緒です」
何かと気苦労の絶えない世界である。
その搬入と維持費を考えあわせると、日本一高価なカツオが群れ泳ぐ水槽を前にして、観客は有り難くたたずむという図だ。是非も無いけれど、悲しいかな所詮それはカツオ本来の雄姿では決してない。泳ぐ姿を自然に眺めたい観客の思いは、水族館が用意した人工生態系という現場で交錯しながら、失望というギャップもばらまいていく。
細木さんの工場は、防波堤の内側を埋め立ててしつらえたような、海ぞいの慎ましい平屋建てだった。屋根につき出た煙突からは、白い煙が緩急をつけてたなびき、青空へ溶けて流れた。元はサンマの干物工場だったという。構内の傍らには、厩舎の乾草みたいにワラの山が整然と築かれ、仕切られていた。
その横で二メートル近い橙色の炎が、定期的にワラから大きく吹きあがった。すこし離れた所で眺めていても、火勢は痛いほどに熱い。その瞬間、巨大な焼き枠に並べられた数十本ものカツオの赤い切り身が、パチパチと音をはぜて火炎に脂をしたたり落した。
燃えさかる炎を顔に映すその額から、運動選手のような玉の汗がとめどなく吹き出す。黒い腕貫を通しただけの素手で、焼き枠の支持棒を引っ掴んでいた細木さんは、熱にたまらず顔をそむけた。そして火勢が尽きてオキになるやいなや、彼は妻と二人してカツオを頑丈な焼き枠ごと、氷水をたっぷりと張った大桶に突っこんだ。
まるで荒行に近い。ジュッという音と共に、焼けた切り身が氷の隙にばらばらと沈んだ。南で生まれた黒潮の申し子たちは、長旅の疲れと汗を次々に洗い流すかのように、そうやって冷水のなかに芯を休めた。