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とはいえ、海原をぴちぴちと自在に泳ぎ回るその雄姿は、ごく限られた漁師だけが眺めうる世界だろう。それでも葛西臨海公園など、一部の水族館では、カツオが特別の水槽で息をひそめておとなしく泳ぐ。人間がそれを水族館で畜養すると、人工飼育のむずかしさに専門家でも音をあげるという。

例えばぐんぐんと直線的に、泳ぎ進む元気よさ。それは人工的なしつらいの中で、ともすれば大きなストレスと化す。しかも彼らの泳力は体の成長でさらに一層増す。一九八〇年代に東海大学の研究施設で、初めて百七十二日間の飼育に成功したのが嚆矢だった。クロマグロより難関だと言われてきたカツオの人工飼育にも、ようやく突破口が開かれたのだ。それからは延命のメドも立つ時代に入った。

だが結局のところ、水族館の限られたスペース内でのカツオの生存率は芳しくない。前年を運よく生きのびたカツオの中へ、職員は新たに若いカツオを加えたす。へたに小さな魚を入れてしまうと、共食いを起こして元も子もない。まさかと思う奇っ怪な現象もおきる。水族館の元飼育係と私が交わした会話はざっとこんな感じであった。

「長いこと水槽で飼育していると、ガンメンヘンケイを起こすんです」

―顔面変形!それってホントですか?

「見学者は気づきませんが、毎日観察していると、まず目の下に窪みができる。続いて顔が丸みを帯びます。そして時がたつと共に顔がただれて、最後はお岩サンみたいな顔にどんどん崩れていくんです」

 

 

 

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