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「生まれながらの遺伝だと言うヒトや、エサを疑る水産関係者もおる。一般に木付きナブラの群れにとても多いですわ。経験的に言うたら、何も追わない状態の素ナブラや、戻りガツオの群れにはほとんど見んとです」

研究者によれば、その特徴は次のようなもの。色艶は良くてやせ気味。尻のあたりを手で支えると、棒状にピンとそびえたまま曲がりにくい。どこか都会にもいそうなタイプだ。いずれにせよ、タタキ狂いには使えない。うっかり加工品に紛れこめば信用にも傷がつく。怪しいと思ったら、切り取った小片を自分で必ず噛む。そうして細木さんは慎重を期すそうだ。カツオ漁師の経験をもつだけに、彼の魚選びの目配りもひと味違ったものである。どちらかと言えば生物学者のそれに近い。

早朝。魚市場ではセリの前に、係の者が水揚げした船ごとに、見本のカツオを一本だけさばいて肉質を示す。たいがいの業者は肉の断面に一瞥をくれるだけで済ますが、細木さんは胸肉を軽く押さえてゴリを探る。それからさらに、横に放置された胃袋の中味も調べる。回遊の痕跡や生活歴が、胃袋にたんと詰まっているからに他ならない。

ともあれ、トロ箱に詰まったカツオのうちのたった一本から、船一隻分の肉質を判定するのは神業に等しい。それでも肛門に滲むだす消化液の色で情報を得る場合もある。肉質も変わらぬ鮮やかな紅色が彼の理想だ。時折、赤エビを飲み込んで色も見事な極上カツオの一団が、尻に滲んだその赤みから発見できると、細木さんは嬉しそうに話す。

 

日本の近海を北上するカツオたちは、おおむね二通りのコースを選ぶ。日本列島沿いを回遊する群れと、より東寄りの小笠原諸島近ぐに進路をとる仲間とである。ほかにまだ南洋のパラオ諸島周辺を、小さく回遊する群れもある。さらに細かく区分けすると、通称はぐれガツオと呼ばれる、湾内に紛れこんで居つく小集団まであって顔ぶれは幅広い。

 

 

 

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