そんな虫持ちカツオに荒々しいヨシキリザメがほどなく襲いかかり、揚げ句にこの寄生虫をババ抜きゲームのように背負いこむ。そして人間がこのヨシキリザメを捕らえ、最後には半ぺんにして喰ってしまう。
カツオとてすべてのサメが嫌いなワケではない。ジンベイザメは体長二十メートル以上にもなる、潜水艦のような堂々たる体躯だが性格はおとなしく、カツオはそばに寄ってたちまち孫みたいになつく。これがいわゆるサメ付きナブラだ。それはヨシキリザメなどの獰猛なサメ類やカジキの襲撃から、身を守るのに編み出された回遊魚の賢い知恵である。入り組んだ捉と力関係に支配されるこの海中ドラマは、人間界の駆け引きを彷佛させなくもない。
タタキ職人に転じた彼がいま一番頭を悩ますのは、ゴリガツオと称する肉質異常だ。
「あれぐらい不味いもんもないのに、外見からはまったく判別できんのです。ベテラン漁師にもわからん。包丁で三枚におろしてみて、初めてオヤっと気づくん。肉が異常に堅うて芯まである。それにこじゃんと生臭い」
まだ身に脂肪をのせていない、春先のカツオにとりわけ多い。包丁で切る際にゴリゴリするので被せた名前らしいが、所によっては石もどきな堅さに因んで、イシガツオとも呼ぶ。その堅さは体内に異常増殖したコラーゲン質による。買いつけ時にいくら目配りを利かせてみても、ひどい時には仕入れた中の三割が、ゴリガツオだというのだからたまらない。そればかりか丸ごと一本でなく、半身あるいは四分の一だけゴリ(凝り)という場合もある。だから余計に始末が悪い。その正体はいまだよくわからず、水産試験所などでの研究調査もあまり進んでいない。それだけにカツオの浜値があがった時など、細木さんのような大口購入者にはリスクも膨らむ。