日本財団 図書館


平成九年の九月。黒潮が流れる鹿児島の志布志湾の鼻っ先で、一隻の貨物船が座礁した。北朝鮮船籍のWASAN号二千四百二十五トン。台風十九号の嵐に緊急入港を試みたものの、それに失敗したのだった。それだけなら小さなその新聞記事を、さらりと読み流したに違いない。だが、そこに書かれた「積荷はワラ」の一言が妙に気にかかった。調べてみるとその量六百五十トン、他に石も積んでいた。いまどきワラをいったい誰が何に使うのか。荷降地は四国・坂出港だった。その当時は想像も及ばなかったが、用途はもっぱら日本の酪農家や競馬厩舎向けだという。農業の省力化が様々な現場の副産物を失わさせしめた、日本の現実がそこに見え隠れした。細木さんが最後に目をつけたのもまさに、北朝鮮から海を渡って届くその稲ワラだった。

土佐風なワラ焼きタタキは、身を焼きすぎると、ただの焼き魚になりかねない。その点、北朝鮮産は油っ気もほどほどで、茎もあまり太くない。痩せた田んぼで育つのだろう。一気に燃え尽きるので、細木さんにはぴったりな燃料だった。まずは白い煙を身にまぶす。それから八百度以上の大きな炎で瞬間的に身を包む。そうやると薫製に似た香ばしい風味がカツオの表面につき、鮮度も落ちなくなるそうだ。けれどこうした作業は、立地条件とのかねあいが、とても難しいらしい。

「煙がやたら出るんで、今どきこんな作り方を続けている大バカもんは、高知にだってほとんどおらんようになった」

実は、回遊にくたびれたカツオの胸のハラス部分には、ときたま寄生虫が忍びこむ。魚類にはさほど珍しい話でない。米粒状の白くて小さな形をした、テンタクラリア属と呼ばれる、その幼虫だ。彼らはとりあえずカツオの胸肉を仮住まいにしながら、最終的にはヨシキリザメの体のなかで成熟を果たす。もしヒトがそれを食べたとしても寄生はせず、人体にはまったく影響しない。それもあって土佐では、「虫が入るとカツオもうまい」などと、賞めそやす者までいる始末だ。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION