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それはさておき、いずれのイワシも天然の海では、プランクトンを餌にして暮らす。オキアミ、エビの赤ちゃん、クラゲ、魚の卵、多餌済済。そのプランクトンは日中、仄暗い居場所を求めて、水深百五十から三百メートルあたりの深みに潜む。そして日も傾いて夜のとばりが下りはじめるころ、海面近くへゆらゆらと、泡のように漂いながら浮上する。

強い日差しが嫌いらしい。満月が輝く明るい海も苦手なのだろう。空が紫ばんだ月夜の晩は、それよりいくぶん深い場所に群れつどう。そうやってプランクトンは、静々とつねに目立たぬ照度の世界を好む。他の生きものの、エジキにならないための用心らしい。

そうした動物性プランクトンが夜明けに再び深みへ移動を開始しだすと、眠りから覚めたイワシは、それを朝ご飯のようにむさぼり飲み込む。そこにはひとつの海が、深度を違えた生存競争と生態系とを、重層的にはらむ姿がある。縦割り長屋を舞台にしたようなこの生物模様に、色とりどりな生命の主張を見いだすのは、きっと私一人ではあるまい。

 

さて、良質なカツオを求めていわき市に移った細木さんは当初、四国からわざわざ四トントラックでワラを運んでもらっていた。けれどそれも、難しくなりつつあった。年に二十トン以上ものワラを燃やすようになり、輸送代を考えると採算が取れなくなったのだ。代わりの香りつけ燃料を探した。屋根を葺くカヤなども試してみるが、理想の香ばしさが得られない。彼は頭を抱えた。

 

 

 

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