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しかも興味深いことに、巻き網にかかるイワシは胃袋に、砂を溜めている場合が多い。理由はまだわからない。こうした事柄に彼が注意を払いだすのは、買い付けたカツオたちがどんな群れだったかを、港で直に漁船員たちに訊ねるようになってからだ。

根っからのタタキ職人を自負するとはいえ、漁師時代に得たその経験は、海洋生物への慈しみと旬へのこだわりにまだまだ息づいていた。カツオ獲り名人に教えを乞うた門外不出の究極のワザとは結局、海との絆を見失わない魚との接し方だったとも言えよう。

 

カツオ漁船は近年、とりどりな電子機器をブリッジに満載して漁場をめざす。海鳥探知機はなかでも、もっとも重要な漁労用装備のひとつかもしれない。それを使えば海上を舞う鳥たちを、いち早くキャッチ出来る。マイクロ波を飛ばしてこだまを拾う原理は、レーダーと変わらない。けれど精度の高い今は、遥か遠くにいるほんの数羽の鳥の群れまで見つけだす。漁労長は群れの動きを読み、いざ現場へと船を急がせる。鳥付きナブラを追うためである。事柄はこういう順序を踏む。

空腹のカツオに追い詰められたイワシの大群は、海面が盛り上がるくらいにぎりぎり浮上して逃げまどう。するとそこへ、目ざとく空から海鳥が現れる。イワシを狙って海面を乱舞するそんな鳥たちを、漁師はこの電子装置で懸命にさがしだすわけである。狂喜した鳥が黒く小山みたいに夥しく集り、そこに醸しだされた波間の不思議な情景を、漁船員たちは風流に「鳥山」と呼ぶ。船の大型化で漁場が散らばった今日、海鳥探知機は第三の眼として、カツオやマグロを追う漁船にはますます欠かせない。細木さんが室戸岬で初めて鳥山に出くわした時、あまりの興奮に、船上で独り言をしゃべり続けていたと言う。

 

 

 

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