しかし漁師町はどこも保守的だ。流れ者はなかなか受け入れてもらえない。その中之作漁港に毎年五月、高知の大きなカツオ一本釣り漁船が姿をあらわす。日昇丸七十トン。
「わたしがこの町に住みだしたんも、実はその土佐市所属の一本釣り船の船主の息子を、よう知っとったからだった」と細木さん。
つまり日昇丸が前から頻繁に通ってくれていたので、首尾よく工場と家も借りられ、とりあえず溶け込めたそうだ。漁師町という異界はいつも誰かしらが気軽に船を寄せる所だけに、具体的な取引がない新参者は、かえって寄せつけないらしい。
「でもこの中之作も今じゃ、すっかり巻き網漁船ばっかりの港になってしもうて」
と彼は、釣り漁独特の気風を惜しむ。
その巻き網漁は長さ二キロメートル、幅二百メートルの網を海中に垂らし、ナブラをぐるりと一気に囲いこむ。近ごろはそうして獲ったカツオの方が、擦り傷こそ多いものの、肉質は一本釣りより良いらしい。しかし魚体の大小を選びようもなく、群れ丸ごとを一網打尽にしてしまう。本来、そこには捕獲を免れるべき若い魚まで混じる。かたや、釣り針漁は、必要とする魚の口先サイズに合うものしか、魚は掛からない。巻き網の乱獲の危険度は実際、釣り漁と比較にならないほど大きい。そこではカツオの平均寿命が戦場並みに短くなっていく。細木さんにはそれが心配でならない。
それもともかく個々の肉質の違いは、一体どこからくるのだろう。
「鳥山についたカツオ(鳥付きナブラ)は、腹を裂くと、たいがいイワシを腹一杯食べとる。そうやってイワシが胃袋に詰っとるヤツは、肉の色みがすぐに白っぽうなる。だから赤みで目を引く夕タキにはよう向かん。それに対して、ただ遊泳しとる素ナブラは、腹も空っぽんことが多い。それでか、鮮やかな赤みが全然褪めん。その点、巻き網にかかるカツオもほとんどが素ナブラながよ」