日本財団 図書館


値の安い九州産のカツオは、タタキにすると不味い。流通の不備で鮮度が落ち、脂の乗りも足らなかった。高くともやはり東北産の旬には、どこもかなわない。そこに勝算のメドがたった。そして毎日夕方近くには、真空パックに詰めたそんな“男の手料理”をバンに積み、行商にでるようになった。スピーカーからハワイアンを流して人目を引いた。

「そんでも高知の住宅街やオフィス街を、一軒一軒飛びこみで訪ね歩くのは、知り合いもどっさり居るし、それこそはじめん頃は、死ぬほど恥ずかしい思いをしよったです」

と告白する細木さんだった。結果は思いのほかに良く売れた。暑い高知にはどこの職場でも社員用の冷蔵庫が備えられ、そのことにもたいそう助けられた。初めは義理で買った知人が、ほんとうの顧客になるまで時間は要さなかった。師走に入っても作れば売れた。カツオの切れる季節になると朝方、自分で釣ったウルメイワシとサバを、干物と開きにして売った。売りものに事欠いて、しまいには果実の土佐文旦まで売りだした。

しばらくすると、焼き方にも凝りだした。それがワラ焼きへのこだわりに彼をはめた。三枚におろしたカツオの切り身を、皮側から焦げ目が残るくらいに直火で一気に焼く。そして身側も表面が白っぽくなるくらいにあっさりと炙り、すぐさま氷水に浸けて冷やす。水気を拭って、その塊をさらに軽く叩く。これが中浜万次郎も喰ったであろう、土佐風カツオたたき三百年来の伝統的調理法である。

なぜ、ワラの炎で焼くか。大きくは三つの理由からだったようだ。まずは燻蒸処理で保存をよくする。次には表面の脂をほど良く落としながら、一瞬の強火による表皮裏から肉質へのウマ味の封じこめ。事実、この工程によってイノシン酸の含有量が増すらしい。そして、回遊中にカツオの体が拾う虫払いの意味合いもあったという。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION