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ヨシ、ミナミのウミでシソンをノコソウ。

ひんやりとした水の感触が、成熟したカツオたちにある日ある時、ふとそんな望郷の念と余命を呼び覚ませたのかも知れない。

一週間後。群れは岸から一斉に大きく右にそれ、Uターンして一気に下がってきた。そして三陸の遥か沖合を南下しだした。陸の健啖家たちは、そのはち切れんばかりに成熟した群れを「戻りガツオ」と称し、いつしか心待ちにした。

登りも戻りも、同じ漁場を通過してこそ際だつ。つまり、その呼び方は定住型の漁師の視点に基づいていたことを匂わす。それだけに遠洋漁船で思う存分に魚をどんどん追いつめる昨今、戻りガツオの語感は、ややもすれば色褪せ虚ろに響く。だがそんな、よりにもよってトラックで運ばれた三陸産の肥えた旬と、細木さんは土佐で初対面を果たす。揚げ句に土佐生まれの彼は、三陸産の美味しさにほとほと郷土幻想を打ち砕かれてしまうのだった。

「高知の連中は魚屋以外、それが三陸産だとほとんど知りおりません。カツオはやっぱり土佐沖が一番と信じたいんとちがいますか」

旬の乗り越し乗車券は安くない。千二百キロメートル以上を隔てて運ばれる彼方の旬には、キロ当たり二百五十円の輸送代が加算された。それでも高知ではカツオが飛ぶように売れ、夕げを幸せな気分で満たした。地元産でない点に目をつむれば、何ひとつ不都合は無かった。

秋の海は時化やすい。

五トン足らずの中古漁船で戻りガツオを遠く北まで追うのに、二百五十馬力ぽっちのエンジンでは心許ない。たとえ出れたにしろ、行動を共にする僚船がいない。それにこの時期ただでさえカツオの水揚げ高が増え、魚価もぐんと下がる。浜値でキロ五百円を割れば、釣果の限られた曳き縄漁では採算がとれない。晩夏、ホンダワラの流れ藻について土佐湾に入るカンパチの稚魚・アカが、そんな曳き縄カツオ漁の儚い季節に終わりを告げた。

 

 

 

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