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暴れるカツオは竿のしなりにまかせて、漁師の頭上を飛びこす。そして針が外れた瞬間、甲板に張ったテント状の塩ビカバーに、ボコボコと音を立てて落下していく。群れが浮上してくる限り、餌係は船縁の高みから元気なカタクチイワシかマイワシを、散水で白く濁った海面に幾度となくバラまく。まるで節分の豆まきに登壇した千両役者のごとくに。実はそんな活き餌も、バケツ一杯五千円前後とおそろしく高い。

いわばそれはオトリ作戦といってもいい。逃げまどう活き餌をカツオたちは夢中になって追い、彼らの回遊の足を止めるのである。そうしたたまゆらに何本釣りあげるかで、漁師の格も分け前も明快にランクづけがなされる、非情な世界だった。よしんば最初の第一尾めを竿から海に釣り落とそうものなら、利口なカツオは異変に気づいて、たちどころに喰いを止めてしまう。かくして舳先に陣取る数名の漁師は、さすがとびきりな面々ばかりだった。

それだけに、カツオの一本釣り漁師はたいがい気も荒く、せっかちな性分の主が多い。きっとカツオによって、ヒトの気質までつくり変えられてしまうに違いない。時にはその気性が保存や水揚げの場に手荒さを招き、裏目にでたりもするらしい。各船ごとのサカナの扱いぶりに、随分と開きがあるものだと細木さんが気づいたのは、ずっと後になってからのことだった。

秋。三陸沖で思う存分にイワシやサンマを飽食したカツオたちは、丸々と肥えていった。体長三十センチにも満たぬ、旅立ちまえのいくらか脆弱な面影はとうに失せていた。隅々までたっぷりと脂肪を貯え、優に体長六十センチをこす三歳魚の体つきは、陸上短距離選手の太ももを思わせた。栄養価に富んだエサはエネルギー源となり、その体温を水温以上に高めた。それでも摂氏十七度を割る海水域は、南洋生まれの活発な彼らにもちょっぴり辛く感じられた。九月中旬。北海道襟裳岬沖まで張り出したナブラの先頭集団は、さらに北へ進んだ。海中にさしこむ太陽の光はすでに斜めに傾き、水の冷たさがゆっくりと確実に身体の芯を捉えた。

 

 

 

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