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二歳魚のカツオたちは、成長しながらさらに北上を続けた。天地にぴんと尖ったブーメラン状の尾ビレは、左右の振幅運動によって目を見張るばかりの推進力を生んだ。そして大きめの背ビレが、つるりとした魚体にぶれることのない安定と直進性を与えた。

繊細な水圧感知器を並べた側線部と胸甲をのぞけば、ウロコらしきものはおもてにほとんどない。それは水の抵抗を極力和らげ、長旅の疲れを減らす役目を果たした。彼らカツオたちに、無理のない新陳代謝と疲れしらずな活力を与えていたのは、脊椎骨をしっかりと囲む毛細血管の集合体・血合いだった。

彼らは昼夜を問わずにひたすら泳ぐ。それも口を軽くひらき、真っすぐに進む。尾ビレの動きにあわせて頭を軽くリズミカルに左右へと振り、海中を滑るようにぐんぐんと泳ぐ。退化したエラブタ機能を脇で動かすことは、もうほとんどない。そのかわりに絶えず口から新しい水を取りこんで、酸素をエラの細胞に送りこむ。だから彼らは休むことを知らない。止まることは、死を意味する。脇道にそれて道草を喰っているヒマもない。それでも夜は、いくらかスピードを緩めた。

側線部の神経・水圧感知器は、生命を守る情報源だった。それは突如現れては襲いかかる外敵、カジキやサメの接近をたちまち伝えた。そうやって台湾から沖縄西岸をかすめ、群れ分かれしながら四国沖をぬけてそれでも無事ならば、毎年三月末には紀州近海にたどり着けた。そして海中にぱっちりと見開かれた左右の眼にも、エサの数や種類が、みるみると増えていく様子は見てとれた。

海底にとびでた岩塊を潮流が乗り越えようとするとき、深層水は底から湧昇流となって表層にこんこんと湧きだす。口に入るなら何でも食べてしまうカツオたちにとって、そこは格好な栄養補給地となった。同時にそんな潮目は、漁師たちにとっても好漁場だった。

 

 

 

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