ストールスタッド号の砕氷構造の船首は凶暴な刃物に等しく、それに加えて、満載した石炭の重さで吃水が十分に下り、積み荷の重さと十ノット以上の速力の合成による凄まじい慣通力が伴っていただけに、アイルランド号の右舷ブリッジ下の吃水線付近の舷側は、大きく切り裂かれてしまったのであった。
その破口は吃水線付近で、横七メートル、縦方向は船底に達する八メートルと推定されている。
ストールスタッド号は衝突直前に、船の行き足を止めるために「後進全速」がかけられていた。このために、衝突と同時に行き足の止ったストールスタッド号は、アイルランド号から離れてしまった。
これはアイルランド号にとっては全く不運であった。
衝突直後、衝突によって出来たアイルランド号の破口は、一時的にストールスタッド号の船首によって「栓」をされた状態になっていたが、同号が後退してしまったために、破口の巨大な「栓」が一気に抜かれた事になり、アイルランド号には、一分間に二千トンを超える大量の河水が奔流となって流れ込んで来てしまったのであった。
機関室もボイラー室も、吃水線以下の総ての空所が、それこそ一瞬にして水没してしまう勢いであった。
アイルランド号は急激に右舷に傾き始めた。ケンドールには熟慮する時間など全くなかったのである。彼はブリッジに居合わせた一等航海士、アシスタントの三等航海士、それに操舵手に命じて救命艇の降下と船内への避難命令の伝達に走らせた。
ケンドール自身も無線通信室に飛び込み、居合わせた二等通信士に対して大至急の救難無電の発信を命じた。
ボートデッキにある士官居住区からは、衝撃によって就寝中の士官たちが飛び出して来たが、ケンドールは彼等に着替える時間も与えず、直ちに救命艇の降下作業と乗客たちの避難誘導に当たらせたのであった。