距離はおよそ六カイリほどある。まさかその船がストールスタッド号の針路を横切るような事は、考える事すら出来なかった。
その直後である。相手の船の灯火が急に見え隠れしたかと思うと、次には全く見えなくなってしまったのであった。
それどころではない、いつの間にか自分の船の船首すら見えなくなってしまった。
「霧だっ」。トフテンスは一瞬躊躇したが、過去に何回も同じ様な体験をしていたし、今まさに、反航して来る船はあるが、その船とは明らかに左舷対左舷で航過出来ると判断していたために、ストールスタッド号を停船させずに、そのまま直進させる事に決めた。
トフテンスは「霧は少し上流に行けば晴れるはず、わざわざ停船させるまでもない」と彼のこの航路での長い経験から判断していたのであった。
それからおよそ十分が経過したと思われた時、トフテンスは船首方向、前方の霧でかすんだ視界の中に、ボンヤリと白い灯火が見えて来るのを発見し愕然とした。
明らかに船のマスト灯である。白い灯火のやや下方には緑色の舷灯が見えるではないか。それは船の右舷を示す灯火である。
信じられない事である。
さらに灯火の背後からはボンヤリとした大型の船の姿が現れて来たのである。
つい十分ほど前に前方に見えた船に間違いはない。
ボンヤリした影は大きな船の姿となり、ストールスタッド号にまるでのしかかる様に迫って来た。
トフテンスは慌てて、操舵手に「取舵一杯」を命じたが、それはあまりにも遅すぎた。
ストールスタッド号の船首が徐々に左に回頭を始めた時、霧の中に突然現れた大きな黒い影は、既に眼の前一杯に迫っていた。