この時川を遡って来た船は、総トン数三千六百トンのノルウェーの石炭専用運搬船ストールスタッド号であった。
同号はノヴァスコチアから七千トンの石炭を満載して、吃水を深く沈めてモントリオールヘ向って進んで来るところであった。
ストールスタッド号は、以前からこの航路で石炭輸送に携わっている馴染みの船であり、大量の石炭が運搬出来るように、背が低く幅の広いズングリした外形をしていた。
しかも、冬期でも石炭輸送は欠かせないために、氷結したセントローレンス湾の航行が可能なように、船首は強力な砕氷構造になっていたのである。
この時、ストールスタッド号のブリッジには一等航海士のトフテンスが当直に当っていた。
船長のアンダーセンは、この川の航行に豊富な経験を持ったトフテンスに船の運航の総てをまかせ、自室で就寝中であった。
トフテンスは、ファザーポイントでパイロットを乗船させるために、いつもの通り、川を遡上する船の本来定められている航路から早めに外れ、川の右岸に近づけて航行させていたのである。
ファザーポイントに近づきつつあった午前一時四十分頃、彼は遥か前方に船の灯火を見つけた。
その船には微かにいくつかの灯火がまたたいており、大型の客船と思われた。
位置はストールスタッド号の船首よりやや左舷方向、針路はまだ判断出来かねた。
トフテンスはしばらく相手の船の動きを凝視していたが、白色のマスト灯の下に赤色の左舷灯がまたたくのを見つけた。
その船はストールスタッド号に対して左舷を見せながら進んでいる事は確かである。
トフテンスは、ストールスタッド号を現在の針路のまま進めても、相手の船とは航行の規則通りに左舷対左舷ですれ違う事が出来ると判断し、自船の針路を変えずに、そのまま直進させる事にしたのであった。