その夜の夕食の食堂に、ロビンソン親子は多少緊張した様子で入って来た。
ケンドールは既に席に着いていたので、ロビンソン親子はすぐ隣のテーブルに着席しているケンドールに対して、軽く会釈をしてから着席したのであった。
ケンドールはその瞬間を見逃がさなかった。ロビンソンの鼻の下にはハッキリとした口髭の剃り跡が見られ、更に、大きな鼻の付根には、眼鏡のブリッジの部分が、長い間押しつけられて出来た、ハッキリした跡が見て取れたのである。
ケンドールは、食事中も他の相席の乗客達と歓談しながらも、冷静に、それとなく隣のテーブルのロビンソン親子の挙動をうかがっていたが、連れの息子の挙動がいかにも不自然であることに気がついた。
聞えて来る話し声、マナー、しぐさ、顔立ち、更にはその体形まで、どれをとって見ても明らかに女性としか思えなかった。
ケンドールは、ロビンソン親子が殺人犯のクリッペンと共犯者のニーヴェであることに疑う余地はないと確信したが、ケンドールは更に半日ほど様子を見ることにした。
翌二十一日、ケンドールはそれとなく甲板を散歩する二人の姿を注視していたが、二人は片時も離れることはなく、互により添う姿は親子の姿とはほど遠く、それは明らかに愛し合う男女の姿そのものであった。
既に疑う余地はなかった。
当日の正午過ぎ、ケンドールはリヴァプールの本社宛に極秘の無電を通信士に打電させたのであった。
「発・モントローズ。宛・本社。現在コーンウォール半島沖を航行中。乗客の中にロンドン殺人事件の犯人と共犯者と断定出来る人物あり。至急しかるべき手配を願うと共に、今後の指示を請う」