荷物の積み込みも終り、数人のカナダ行きの一等船客が乗り込めば、予定通りの午後二時にはアントワープをケベックに向けて出港出来る段取りになっていた。
出港時間も近づく頃、乗客名簿の最後の二人が乗り込んで来た。
乗客名簿にはジョン・ロビンソンという名前とその息子の名前が記載されていた。
船長の務めとして、ケンドールは舷門で最後の一等船客であるロビンソン親子を迎えたが、ケンドールはロビンソンと名乗るその一等船客の顔を見た瞬間、直感とも思える、ある種の衝撃を感じ取ったのであった。
ロンドンの殺人事件については、犯人の海外逃亡を水際で防ぐために、ロンドン警視庁はイギリス中の各海運会社に対して、事件後クリッペンの顔写真と彼の特徴を示すパンフレットが配布されていた。
何事にも細心であるケンドールは、この人物の特徴ある顔写真の隅々までを、彼の頭の中に刻み込んでいたのであった。
禿げ上った頭、卵型の顔の輪郭、大きな鼻、度の強い縁無しの眼鏡、巨大な濃い口髭など、彼はクリッペンの顔型を諳んじていた。
ケンドールはロビンソンと挨拶を交した瞬間から、その男の顔にクリッペンの顔をダブらせていたのであった。
ただ、ロビンソンと名乗る男は眼鏡をかけておらず、また口髭も無かった。
ケンドールはロビンソンとその息子に間近く会える次の機会を待つことにした。
出港後、ケンドールはモントローズ号の事務長を呼び、さりげなく、ロビンソン親子の食堂での席順を、ケンドールのすぐ近くのテーブルに配席するように命じた。