しかし、川の流れの速さは各所で変り、また島と島、あるいは島と岸との距離が様々に変化するために、たとえ大河であっても、大型の船の航行にはよほどの注意が必要であった。
また豊富な水量を常にたたえているとはいっても、海上とは違い、毎時五ノット(毎時九キロメートル)以上の速い流れは、川を下る大型船の操船には細心の注意が必要であったのである。
そのために、セントローレンス川の航行に際しては、ケベックから河口近くの船舶運航監視所のあるファザーポイントまでの約四百五十キロメートルは、パイロットの乗船が義務づけられており、航行の安全が図られていたのであった。
ファザーポイントの船舶運航監視所は、リムースキの街から少し東に離れた所にあって、セントローレンス川を航行する総ての船舶の運航を管理する施設として重要であった。
アイルランド号の出港は午後遅くではあったが、出港後三時間ほどは、日の入りの遅い季節でもあるために、明るい視界の中の航行が可能で、この間に最も注意の必要な危険区域を通過することが出来た。
船長のヘンリー・ケンドールは、カナディアン・パシフィック社では有能な船長の一人として知られていた。
三十年以上もの海上生活を経験し、カナダ航路の客船の船長に昇進してからでも、既に五十回以上もセントローレンス川の航行を経験していた。
彼の頭の中には、川の中の島の位置、流れの変化、周囲の景色と目標、航行の安全を示すあらゆる灯火や標識の位置、そしてその都度の操船のテクニックなど、セントローレンス川の航行に必要な総ての知識がたたき込まれていた。
彼は注意深く、何事にも細心に対応する反面、時には素早い決断と大担な行動がとれるという、船長として必要な条件を十分に備え持つ男であった。