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美しい風景と都市基盤・都市構造

 

街を訪ねたくなるリピーターたちを引きつけるためには都市が美しくなくてはいけない、個性を持たなければいけないということが当然あります。それと、そこにしかない都市ということです。ベネチアの場合は、ウニカチッタ、ユニークな都市ということですが、唯一ここにしかない都市と、市民のだれもが言うのです。これが大変重要なことで、それが言える街はうらやましい。

水の上の非常にデリケートな難しい条件の上に都市をつくった。そこにスピリットがあらわれていると思います。そこに固有な風景が生まれ、建築の形態が生まれ、ライフスタイルが生まれ、人間関係が生まれるという、ほんとうにここにしかないもの、独特の芸術や音楽が生まれた。

そういう蓄積した富を都市づくりにいかに投資するか。1400年代の末なので500年以上前に描かれた景観画がありますが、当時とあまり変わっていない。ほんとうに持続したものを感ずるわけで、当然、インフラ、それから象徴的な建築など都市空間をつくっていきます。

1500年頃にこういう形がフィックスされる。地図の赤の部分が運河、黒の部分が道、固まりの部分は広場です。自然の条件の上にいろいろな段階を経て、技術を蓄積し、ノウハウをうまく蓄積しながら上手に都市をつくっていった。しかも、いろいろな時代の空間の形式や使い方が重なっている。富を都市づくりに投資して、ユニークな都市をつくり上げたのです。

海に開いている世界都市として、港や港湾施設は非常に重要ですが、インフラストラクチャーとしてこんなにいろいろでき上がっている。カナーレグランデ、逆S字形に曲がっていて、真ん中がリアルト地区で、この辺に集中している。それと、下のほうにサン・マルコ広場があり、この辺はアルセナーレ、アーソナル、海軍基地、造船所です。現在はこの辺をうまく使って、9月にも建築のビエンナーレをやっていました。日本からも建築家がたくさん出展していましたが、そういう空間を今また発信基地として使っている。

都市は、訪ねていったときに、わかりやすさがまず必要です。わかりやすく、人を導き入れる。そういう空間演出、アーバンデザインが時代を重ねるごとにうまくでき上がってくる。中世のベネチアはそんなに華やかなドラマティックな場ではなかったと思います。これがルネッサンス、バロックを経験し、めり張りのきいたデザイン、ランドマーク、象徴がどんどん積み上がっていく。もちろん、中世の栄光を大切にするので、その時代のモニュメントもキープして、磨きをかけていく。例えば、サルーテ教会は、本来は修道院で、塀で囲われていた。不細工な塀だったんですが、それを取り払って、アーバンデザインを考えながらモニュメントをつくった。税関は、カナーレグランデの入り口を演出した。

外から来る人にとっては非日常的な体験をさせてくれることがルネッサンスのころからあった。そういうユニークな都市ということです。これは水の存在も大きい。水と共生して、うまく演劇的に使っている。ベネチアの魅力、固有性が歴史的にできて、現在の観光はそれに乗っかっているだけです。

 

独特の生活風景

 

過去の豊かな歴史的なイメージをどれだけ自分の文化のアイデンティティーとして自覚し、あらわすかということで、一種神話化していくこともあるわけです。ベネチアは、自分の存在をルネッサンス以後、神話化していくとよく言われるのです。外から来る人は、それに引きつけられる。そのオリジン、起源と結びついたベネチアの中世の初期からの祝祭、儀礼は海との結婚と言って、4月に行われる。金箔で飾られたお召し船に乗ってパレードをしながら、アドリア海まで行って、そこで金の指輪をアドリア海に投げ込む。「我は汝と結ばれる」と言って、海とベネチアが毎年結婚する。単に祝祭、神話をリピートするだけではなくて、実は国内の経済振興といいますか、フェアです。イタリア語ではフェイラと言うのですが、見本市を同時にサン・マルコ広場で開催して、ファッション産業の宣伝もします。そういう経済と文化と儀礼がくっついているという、この辺が非常にうまいところです。

 

 

 

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