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今、世の中で喧々囂々の宗教法人に対する批判も、私はMOAの美術館を見に行って少し考えを変えました。宗教法人がお布施で儲けた場合には、後世に残る立派な美術館をつくることを義務として課せばよい。教団の収入の何10%は美術品の収集に充てよと法律で決める。今の日本ではそんなお金の集まる所はありません。せめて昔の王侯貴族、ちょっと前の時代の貴顕、分限者に代わって、美術を守る現代のスポンサーになるべきです。

 

医療・医字は文明のシンボル

 

医学・医療の進歩で長寿が達成されたとよく聞きます。ところが医師の生命表を作って見ると、日本人全体の生命表と全く変わりません。医学、医療の進歩のおかげで、長寿が達成されたのなら、医師やその家族は長生きするはずですが、そんな効用はどこにも見られない。専門用語でいう死亡秩序は変わらないのです。もちろん、伝染病の抑圧には医学が貢献しているし、世界的な視野では伝染病対策は依然として緊急事ですが、先進国でいまだに残る危険は出産時の事故です。奇妙なことを申しますと、知能が高い動物ほどお産がうまくいかないらしいのです。チンパンジーや日本ザルの場合、第一子はほとんど育たないといいます。母猿がひとり群から離れて産む。陣痛があってやがて胎内から変なものが出てくる。初体験ではどうしたものかわからないから、振り回しているうちにその辺にぶっつけるなどして嬰児が死んでしまう。以前にピグミー・チンパンジーと呼ばれていたボノボは、高い社会性を示し、孤独な出産でなく群れが面倒を見る。産婆役が出てくるらしい。人間は産婆がいるから未経験でも上手にやっていける。それでも出産は母子ともに危険ですが、それ以外では死ぬことはなくなってきた。

医療の世界、医者の職業というのは男女同権になってきつつある。フィンランドではもはや男の職業ではない。70%が女医です。デンマークは40%が女医です。日本は今年の医師国家試験で女性の合格率が30%を超えました。デンマークの例で言いますと、女性の医師の特徴は、優しいか厳しいかは別にして、一般に誠実です。医療に当たっても自分の力量を越える無理はしない。女性として家庭を持ち子供も育てたい。そういう生涯設計を立てると、何より地元の住民の信用を固めてその地域に溶け込まなければならない。ホームドクターとして、自分の城を築くことができる。医師としての成功は、たとえば外科医で手術上手の評価を確立することもあるでしょうが、患者が引きも切らずで家庭を構う暇もないことになりがちです。

医師はこれから斜陽職種の最たるものです。先頃まで成人病という言葉がありました。その頃は予防だ、人間ドックだと威勢がよかったのですが、成人病は生活習慣病という新しい定義に切り替わったのです。たいていの病気は長年の生活習慣が原因で起きる。となれば自己責任です。病気になってから健康に戻すなどできるわけがない。しからば医療は何をすべきか。欧州先進国は一般病院数も病床数も減らし、介護施設に重点を移しています。

 

市民の文化とスポンサー

 

尊敬される市井の達人たちとそのスポンサーを見直さなくてはならない。江戸や大坂で歌舞伎や浄瑠璃がはやり、原作者がもてはやされて人気者になったのは、町民が文芸や演劇の愛好者であったからです。新作上演となれば木戸銭を惜しまず見に行ったし、絵草紙が出版されたら争って買ったからです。近松門左衛門や西鶴がすばらしい戯作を書いても、購買者がいなければ暮らしていけるはずがない。昔の日本文化の足跡をたどってみれば、古代国家形成の時代に通史が書かれたのが書紀の編纂です。和歌の雅び、やがて世界最初の長編文学・源氏物語や枕草子を生んだのは貴族社会の栄華です。ついでに言うと、上流貴族の平均寿命が50歳を越えたころです。子供に跡を継がせて出家する。院政に励むのは別格の少数派で、残りは文化の創造に関わります。朝廷や公家に仕える武士たちも、主人に倣って和歌の風流を解するようになりました。朝廷の権威に陰がさし武家が政治に進出する時代になると、彼らが次の文化のスポンサーになります。それは武士の棟梁たちが富みを占めるとともに長生きになり、家督を譲った後に余暇ができたからです。

 

 

 

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