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論点のひとつは「物真似はなぜ悪いか」という開き直りです。物真似は浅知恵でも何でもない。どんどん物真似する勇気が必要です。今朝、ベルリン音楽祭の再放送でワーグナーをやっていたのですが、TVを見ていて奇妙な感想を持ちました。シーザーの「ガリア戦記」の中で、ライン川を越えてくるゲルマニア人との戦いの記述はひどいものです。ゲルマニア人は野蛮人そのものである。そもそも道路の意義が理解できない。深く黒い森の思いもよらぬ暗闇から、動物の角の飾りをつけた兜の紅毛碧眼の大男の蛮族が襲いかかる。到底まともに相手にできない。ラインの向こうに止めるだけしかないといっています。数学史のクラインは実に毒舌的批判を加えています。インドでゼロが発見され、ギリシャ人が代数理論と取り組んでいた頃に、ドイツの蛮人たちは酔っぱらいの酋長のほら話の口伝に汲々としていた。ニーベルングの物語をからかっているのです。ところが蛮族ゲルマニア人の子孫は、シーザーのローマ後裔の東ローマ帝国を継承して神学研究に励む。そして西欧思想の基盤になるドイツ哲学を興す。ドイツを象徴する音楽も創造する。こういう固有の文化体系を持ったのは、物真似をしたからです。インドの超越的な思想を真似たのがギリシャであり、それを真似たのがローマであり、ローマの時代には野蛮人と言われていたドイツ人が一人前の先進国になったというのは真似たからです。真似して何が悪いのかというのが基本的な考えであるべきです。

 

尊敬される国になる

 

まず尊敬される国には、尊敬される人間がいなければならない。大学の研究者を眺めると、西澤潤一さんがいつも言われることの引用ですが、東北大で世界に通用する研究をしたのは非主流派である。有名な金属研究所と電気通信研究所は冷や飯食い。同じことを言われるのは東北大出身者の城阪俊吉さんです。この人は京都出身で松下電器の開発研究担当の副社長で、松下技研の所長も兼任されましたが、やはり東北大では金属研と電気通信研は差別されていたそうです。ところが東北大の誇るべき研究はすべてそこから出ている。金属研では本多光太郎のKS鋼、通信では八木秀次の指向性アンテナに岡部金治郎の分割陽極発振管です。そういう人の系譜が脈々としてあると言います。西澤さんご自身も立派な仕事をしているわけですが、これらの研究所が非主流であったのが非常に興味深いことです。すべての権力は腐敗すると言われますが、すべての研究も権威主義が根付くところに腐敗するのでしょうか。

大阪大学は一番最後に帝国大学に滑り込み、昭和6年に設置されました。そのころにノーベル賞の湯川秀樹さんが中間子理論を思いつく。八木秀次さんが初代総長です。もともと歴史も伝統もないから、かえっていい人材を全国から集めることができた。湯川さんご自身も、「昔の大阪大学はいい大学だった。上に邪魔な爺さんがいなかったから好きなことをやれた」と言ったそうです。八木秀次さんが理学部長も兼任で、京都大学から呼んだ湯川さんは見込み違いでさっぱり勉強しないと猛烈な雷を落とした。「君はこの休み中に論文を仕上げないと大学を出てもらう」と叱られ、追い詰められた挙げ句に湯川さんが書いたのがノーベル賞のもとになった薄い論文だそうです。もっとも湯川さんはこの叱責を終生快く思わず、八木秀次さんの葬儀には出なかった。湯川さんは統計学会でご縁があって、大変気難しい方とわかりました。人の性格はともかく、変わり者の異才が生きているところには素晴らしい研究が生まれる。東北大電研も八木、岡部、今のところは西澤と異才の系譜があります。西澤さんも近頃「人類は80年で滅亡する」なんて本を書いて、題名だけでみんなびっくりしました。内容は驚くことではありません。大気中の炭酸ガス濃度が今の趨勢のままで上昇を続けると、80年で3%の麻酔レベルに達する。温室効果で気温が上がるよりそっちのほうの危険が大きい。それから持論の低損失の直流超高電圧送電になって、半径1万kmといえば地球の半球である。昼夜の時間帯差を利用して電力を国際取引できるなら、省エネルギーにぴったりと思います。

 

東京大学でノーベル賞が出ない訳

 

東京大学ではなぜノーベル賞が取れないのか。これは簡単です。

 

 

 

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