それからもう一つ、日本は漫画家がいまして、ストーリーの漫画をかいて、それを抱えている大手の出版社があります。小学館とか、集英社とか、講談社とかあって、それからそこでまず漫画を雑誌にかかせて書店で売る。そういう機構がきちんとできているわけです。これがまだほとんどアジアの他の国ではできていない。分業体制ができていない。特に香港に至っては、漫画家が自分で事業を興して、会社を興してその株式を動かしているとか、こういう話を聞いて関心もしたし、びっくりもしました。ですから、日本に追いつくのはなかなか、そういう土壌が違うわけですからかなり時間がかかるのかなと、そういう感じがいたしたところでございます。
牧野 つまり、日本の場合はだれの力も借りないで漫画家たち自身が「貸本屋マンガ」を描くところからスタートした。食うや食わず、ミカン箱一つ、3畳、4畳半というところから今の漫画文化を立ち上げてきたものですから、作家たちは大変な自信を持っているわけです。後発でこれから日本の漫画をいいところを取って吸収していこうと考えている人たちは、そういう意味での「ミカン箱、4畳半」というところ―つまり、松本零士さんの「押し入れに非常に不潔な下着を入れていたから、サルマタケができた」というような―、エピソードがあるように―あれはほとんど松本零士さんの上京したときの生活ぶりを表していますね。また、手塚さんを頂点とするアパート「ときわ荘」での物語は、皆さんもご存知だと思うんですが、そういった歴史の中で日本の漫画が成立してきたものですから、一見、同じような漫画の表現であっても背景は基本的に違っている。
ですから、後発の方はここを注目しないといけない。特に少女漫画においては非常に、―ほとんど同じではないかという作品を描くわけですが、これを“真似”だからいけないと言ってしまうか、いや、【絵文字としての「共通言語」】を使い始めているんだというふうに受け止めるか?、この辺もまだまだ、これからの研究対象になるわけです。