考えてみたら、彼は熱心な仏教徒です。仏教の教えで無量寿というのがございますが、僕も浄土真宗のお寺へ10何年通ってますんで、ちょっと説教されたことありまして、無量寿と。寿は寿命、命ですね、無量というのは、はかり知れない、はかり知れないこの命、という意味だよと。それは何かというと、あなたは今、この現在、この場所にいると。あなたが生まれてから、この瞬間にここにいると。で、横には野崎さんがいらっしゃる。野崎さんも生まれて何10年生きて、この瞬間に今ここにいる。このボトルも、だれがつくったか知らんけれども、ほっといたらどこか行くはずのものが、この瞬間にここにいるんだと。宇宙のこの1点に、この時間に、ただ集まったというだけですごいじゃないか。すべてのものにそういうはかり知れない命があって、それがここに一堂に会して、ごみであれ何であれ、マイクであれ、空気の粒子もそうですが、それがここに集まって、そしてここからまた別れていくんですよと。
そういう教えを何回か言われまして、それが頭に残ってて、で、宮沢賢治の童話と来ました。で、「ターザン」とか「もののけ姫」でちょっと失望したことがあって。
宮崎駿さんがつくった昔のアニメーションのすごさ、そこには「魔女の宅急便」でも、あの子が住んでる町の1つ1つのお店とか、ショーウインドーにあるパンとか、全部に思いがこもっているわけですね。そう思って、これが我々の目指す道かなと。つくり方を逆転すると、プロセスを変えると同時に、背景とかそういう言葉を使うのはやめようと。
さっきのモヤがありました、そうしたら、あれををどうやってストーリーにするのか。例えば、冬の夜空。明け方近くになりますと、さわったら割れそうなぐらいきんきんの夜空、鋼青色といいますか、鋼を焼いたときにびーんと青い色になりますね。そこへ冷たい星が光っていると。そこへお星さまがぴゅっと光りましてばーっと光芒がさしますと、この空が何とパリンパリンと割れて、それが落ちてくると。落ちた後は青空ですよね、それがだんだん日差しに当たっているうちに粉々に砕けて、きらきら光ながら落ちてくる。