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彼らは生涯を通じて文章のリテラシーしか試験していません。大学でもしないし、もちろん入社試験でもしない。学会の討論会になると文章のリテラシーばかり。それで一体何がわかるのかと言いたい。何か人類にとって有益なことはわかりますか?高さは全然上がってないじゃないですか。よくそんな馬鹿馬鹿しいことをペラペラしゃべりますね、と言いたくなるようなことがたくさんあります。それに比べると日本の子供は、マンガリテラシーがものすごく発達しています。映像リテラシーあるいは物語のストーリー・リテラシーというもの、これは大学では教えないし、教えることもできないでしょう。それは大学が間違ってるからなんです。だから高校なんかは進んでもしようがありません、大学なんかも行く必要はありませんと。それぐらいに私は思っております。日本の子供のすごさ、彼らが共有しているリテラシーのすごさについて我々の認識を新たにする必要があるのです。

この点やっぱりインドの哲学はすごいですね。バラモンとかヒンズー教の教えでありますけれども、彼らは宇宙の真理、人間精神の根本について一生懸命1000年もの間議論を尽くしている。それに比べると大学なんてまだまだ不完全なものなんですね。その結果出てきたことの一つに「触れてはならない問題がある」という話があります。それについて議論すれば結果として迷いに落ちるだけだというのを見つけているわけです。一方、科学はいまだにそれを見つけていない。質問には必ず正答がある、答えられないのは教授が悪いと、こんな風に考えるんですね、言ってみれば、大学というの、まだそういう迷路に落ち込んでいるところなんです。ところが、インドでは、議論してはならないという領域を見つけたから、弟子がそういう質問をしてきたとき、バラモンの高僧も、あるいはその教えを引き継いでお釈迦様も笑って答えなかった。それに答えると両方ともに迷いに落ちると。それがいかに愚問であるかということは自分で気がつきなさい、自分で気がつくしかないんだよと。それを理屈で釈迦が教えても、2人ともども迷路に落ちるだけなんだということがあったんです。それを悪用する弟子たちがいましたので、科学というのが生まれまして大学というのが生まれまして、そんな笑って答えずで済ませちゃいけません、徹底的に議論しましょうと。これは歴史の問題でありますから尽きないわけでございます。

 

 

 

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