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Eメールで日本人の多くが、今、外国人ないしは外国にいる日本人とコレスポンダンスをしたり、手紙をやりとりする場合に、もう恐ろしく単純な表現をするのです。いわば本当に言いたいこと、あるいはいうべきことを、ほとんど無視したような簡素な文章でやりとりしている現実があると思うのです。この傾向は急速に広がっているわけで、むしろ近代文学の場合とは違って、この形での言語の使用は人間を単純化する。人間を非常に単純化して、しかも、コミュニケーションを野蛮化する、粗暴化する疑いがある感じがいたします。インターネットの時代で英語万能とはいっても、そのためにしっかり英語を勉強して、いい英語を書くということにはなかなかなってはいかないのです。ですから、先ほど大河原先生がおっしゃった問題提起というのは、ここにいらした方は、みんなすごい英語の使い手のものですから、はっきりとした問題意識として、必ずしもとらえられたと思いませんけれども、やはり重要な問題だと思います。

もう1つは、アメリカのことですけれども、日本人は、日米比較というのをよくするわけです。アメリカではこうだ、日本ではこうだということですが、その場合の比較も非常に単純です。アメリカで最も新しいものが、今、動いているパワフルなものがある。情報スーパーハイウエーだとか、ハリウッドの新しい映画とか、ファッションとか、あるいは新しい情報、ベストセラーがあるというような、アメリカでは何でも新しいもの、いいものがあるというような報道、新しいニュースとインフォメーション。もう1つは、先ほどもいろいろと出ましたけれども、アメリカはホームレスが多いし、貧富の差があるし、暴力ははびこるし、日本人の留学生も撃ち殺されるし、エイズとセックス、あらゆる醜悪なものがあるという両極端の見方なのです。

日米比較というのは、逆説的にいいますと、非常にしやすい。というのは、ペリー提督によって近代日本が始まったという1つの側面と、日本は、有史以来初めて外国の軍隊に占領されたのはアメリカですから、アメリカの占領期間というのが戦後あったわけで、第二次大戦でアメリカに破れたということもありまして、アメリカの影響が非常に強い。戦後は日米同盟もあって、アメリカとのつながりは非常に強いことは事実なのですけれども、どうして日米とすぐに比較しやすいかというと、両方とも非常に大衆社会なのです。基本的には、ポピュラー・カルチャーが支配する大衆社会である。ヨーロッパやインドや他のアジア諸国の多くでは、何といっても、そこに厳然たる文化のバリア、階級や民族文化のバリアというものがあるわけでありますが、日米にはそれがない。それが唯一、日本とアメリカの親近感といいますか、ヨーロッパとは違って、アメリカと日本は、ハリウッド文化、ポピュラーミュージック、カラオケというものが全部一緒になって、あるいはファストフードも一緒になって、共通点をつくっている。心理的な、あるいは親しみやすさというものがあります。

 

 

 

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