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それから、日米ともマス・メディアが非常に中心的な役割を果たしている社会なのです。例えば、ヨーロッパに行きますと、イギリスとかフランスとかドイツでも、東京ほどの多様なチャンネルは、基本的には存在していない。もちろん、今ではスター・チャンネルとか衛星放送などいろいろなものが入っておりますけれども、アメリカと日本が、ある意味ではきちんとしたテレビの多放送をしている情報化社会といえます。それから、新聞、雑誌そのほかの非常に大きな役割がある社会だという点でも似ています。

ただ、その社会の性質は全く違うわけです。つまり、アメリカは多民族社会、多文化社会、多言語社会、そして多階層社会だと思います。ある意味では、ものすごい階級差があります。貧富の差もあります。ただ、そこにアメリカン・ドリームが生まれるのは、自由が一見あるような、自由と選択の幅が許されているような錯覚があるわけで、実際、それは現実ともなることがあるわけですし、もちろんそういう自由によって、裸一貫から大成功することも可能なわけです。もちろん日本に限らず、今、アメリカのハリウッドの映画の非常に当たる作品というのは、例えば香港や、台湾や、中国本土の出身の俳優とか監督によってつくられている面もあるわけです。世界の注目すべき才能をハリウッドが引き抜いてきてチャンスを与え、才能を大きく開花させるし、もちろんアメリカの大学の発展もそうした形での才能発掘をして世界の中心的な役割を果たしているのです。

最後に日本について一言申し上げますと、1945年以来の日本では、競争社会の中で、非常に平等化を達成した、恐らく世界で唯一の社会であるということです。我々は、確かに若干貧富の差もありますし、もちろんそこには天皇制をいただく民主主義社会としての、ある種の身分意識もあるのですが、90%以上の人間が同じものを着て、同じものを食べて、同じような生活を送っていて、どこにでも基本的に自由に出入りできる。例えば、東京大学は非常に難しい大学でありますが、勉強すればどんな人でも入れる資格はある。受験資格というのは、年齢、性差、あらゆるものを問いません。アメリカの有名大学ではペーパーテスト以外のレベルでのスクリーニングが存在します。日本みたいな受験勉強はないけれども、例えば書類選考、面接といったものがあり、もし本当のフリーな試験だけやれば、アジア系が50%以上入学することになるかもしれないのだけれども、全体のバランスをみて入学者を決め、例えば25%に抑えているということもいわれるわけで、それは日本の大学ではあり得ないのです。ただ、日本の大学は外国人学生に広く門戸を開いていません。全体的に締め出しているわけではありませんが、国際的に開かれているとはさまざまな面でいえません。

そういう限界はあるのですけれども、戦後の日本社会は非常に平等な社会ですから、アメリカは開かれていて自由だけれども、片方で貧富の差と、すごい階級的な差異があることをつい忘れがちであります。恐らく、日本が、国際性とかグローバル性ということをこれから獲得していくときに、非常に大きな苦しみを味わうことは事実ですけれども、戦後50年で達成した平等社会というものは、自由主義競争の中で行われたわけで、よく批判される規制とかいろいろなものがあるにしても、この平等社会実現の経験というものは決して無視できない重要なものだと私は思っております。それはやはり21世紀の社会のグローバル化における1つのモデルになるべきだと考えています。どうもありがとうございました。

 

 

 

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