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東ドイツも同様の状況だったのであり、東西ドイツが融合した後、この違いをどうやって乗り越えていくかということが非常に大きな問題になっているのです。ただ単に、旧東ドイツに資金注入すればいいということではないのです。ドイツの西洋化された側面を東の部分にも移さなければならないわけです。ドイツの場合には、幸いにして、西側で民主主義が1950年代に確立されていたということであります。そして、自由で責任のある市場経済原理にのっとったスウェーデン・モデルに基づく経済体制が存在していたということです。そして、経済発展の段階において労働者が参加することができる体制が存在したことから、共産主義のイデオロギーと戦うことができたといえます。さらにまた、技術開発に対する責任ある態度、あるいは生態系を維持していこうという環境問題に対する責任感が存在したわけです。このような西ドイツの考え方によって、東西ドイツの統合が可能になったのであり、今後、ユニバーサル化において大いに貢献することができるのではないかという見方をもたらすに至ったのです。そこで、ドイツの知識人の中にも、自分たちは知的な戦争に勝ったのだと誇らしげにいう人たちもいるわけであります。

いずれにいたしましても、そういう形で統合が行われ、グローバル化の中において、ドイツもその立場をだんだんと築いていくことになったわけです。これが何を意味するかということなのですが、現在、ドイツでは、グローバリゼーションの話をするときには、EUと同様に、一方通行のものではないということであり、アメリカナイゼーションでもないと理解しているわけです。青木先生もおっしゃっておりましたように、いろいろな形の葛藤がある中で、いろいろな可能性が出てくるというグローバル化を夢みているわけであります。いろいろな形の中間的なものが出てくるというグローバリゼーションなわけであります。グローバリゼーションの中には、プレーヤーがたくさんいるわけです。EUもその1つであり、シンガポールや日本などもプレーヤーでもあるわけです。このグローバル化の中において、例えば、世界の経済競争において、日本とドイツはかつて第2位を競い合いました。しかし、EUになってしまいましたから、そのような考え方はなくなってしまいましたが、一時そういう時代があったことも事実です。

グローバル化のプロセスにおいて、いろいろな人たちがいろいろな形でいろいろな動きをしている中で競合し、協調していこうという考え方が存在しました。緊張関係もありました。そういう中において、グローバリゼーションが起こってきた。だからといって、グローバリゼーションはみんなが同じになるということではないわけです。みんながマクドナルドを食べ、みんながある決まったブランドとか、ある建築様式というものに追随するということではないわけです。それでもいろいろなところに行くと、このごろはグローバル化によって、どの町も世界は同じだ、ちょっと違うのはベニスしかないという人もいるのです。

 

 

 

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