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そういう中で、ドイツマルクというものが、一種の国家のシンボルのようなものになり、ドイツの経済的奇跡から出てきたものであるといわれたのです。こうした状況において、ドイツマルクからユーロに移行することによって、ドイツが真の意味でヨーロッパの一員になることができるのではないかという考えが出てきたわけです。戦後の歴史をみてみますと、グローバル化のドアが既にあいていたということがいえるわけです。いずれにしても、昔に戻ることはできない。新しいアイデンティティーをみつけなければいけないということに直面したのがドイツでした。そこで、新しいグローバリゼーションというものを考えたわけです。しかも、東西の融合というものがあり、そういう過程の中でグローバル化が実現することとなったのです。だからといって、伝統が存在しないということではなく、伝統は新しい顔をもつということになるのです。オクトーバー・フェストというものなどにも伝統はあるわけですけれども、20年前のオクトーバー・フェストとはまた様変わりしているわけです。

もう1つの点といたしまして、ドイツがEU統合によってヨーロッパの一員になることによって、フランスとともに、ある種のグローバリゼーションに対抗するようになってきたということがあります。アメリカナイゼーションに対するグローバリゼーションという動きであり、フランスはずっと以前からそういうことをしてきました。現在、ヨーロッパ各国は、全体的にそのような姿勢をみせていると考えられます。何とかしてヨーロッパとしてのアイデンティティーをみつけようとしているのです。一種のシンボル化を求めているのです。ヨーロッパの国をすべて一体化してしまうということが、一種の神話にもつながってしまうわけでありますけれども、何かイメージとしてつくることができるのではないかということを考えているのです。ヨーロッパは、昔はこうであった、こういうことになり得るのではないか、そして、実際にはこのようになるべきではないのかということで、いろいろと模索が行われています。

ドイツは2つの別の意味での政治、文化というものを抱えています。1つは、非常にグローバル化の進んでいる西欧型のグローバル化したドイツであります。それからもう一方では、東欧の一部であったドイツです。東ドイツが西ドイツに加わって新しい国ができたとみることもできます。EUでもやはり同じように東欧諸国が加盟してきており、そうした国々は、共産主義のもとで独裁体制に耐えてきた国々です。これらの国では60年ぐらいの独裁政権の歴史をもち、60年間も西側社会とは隔離されてきたのです。

そこで重要なのは―これは知られていないことだと思うのですけれども―戦後、西ドイツの社会には、相当の大きなマイグレーションが行われました。東の方からどんどん移ってくる人たちがいました。イタリアから、トルコから、そしてバルカン半島からと。特に最近になって増えています。一方、東欧諸国においては、多くの移民を受け入れることはなかったのです。東ドイツでもそうだったわけです。多くの外国人はベトナムなどからの労働者であり―キューバから来た学生さんなどもいましたが―彼らは集団でバラックのようなところに住んでいました。そうした状況でしたので、グローバリゼーションは全然なかったということがいえるわけです。

 

 

 

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